第19話 「残念。俺にそんな力はありません」

 

 その日の夜、私達はリートの手配の元、邪龍ノヴァの里で一夜を過ごすことになった。敵地で一泊って冷静に考えたらどうなんだろう。

 そんなことを考えていたら時間はもう夜中の一時になっていた。


 眠れないな、散歩でもしよう。


 こっそりと部屋を抜け出す。

 旅館の庭を歩いていると、庭の真ん中に見覚えのある人影が立っていた。


「リート」

「やあノノア、こんな時間にどうしたの?」

「それはこっちのセリフ」


 私がそう言うと、彼はお得意の嘘くさい笑顔を浮かべた。


「俺はほら、邪龍だから」


 答えまで嘘くさい。

 邪龍だって夜は眠いだろう。


「で、ノノアの方は?」

「ちょっと眠れなくて」

「枕が合わなかったとか」

「そうではなく」

「悪い魔物が出たら危険だから、なるべく部屋にいた方がいいよ」

「いるんですか?」

「いるでしょ、そりゃ」


 さも当然のことのように言う。

 この人、そんな場所に私達を滞在させたのか……。


 微妙な気持ちで彼を見つめる。

 彼は、あははっと小さく声を出して笑った。


「冗談だよ。この辺に君達を襲う魔物はいない。その為に俺がこうして見張ってるからさ」

「物理的に起きて見張ってるんですか」

「そうだよ?」


 単なる徹夜って。

 

「邪龍ノヴァの孫ならもっと凄い力が使えると思った?」


 私は黙って頷く。

 なんかこう他にあっただろう。威圧感出すとか。号令するとか。


「残念。俺にそんな力はありません」


 そう言った彼の首元が一瞬だけキラリと赤く輝いた。


「あれ? それって……」

「ああ。宝玉だよ」


 彼は鎖を人差し指に絡めた。

 先端に繋がった赤い色の玉。


「綺麗でしょ?」

「そうですね」


 邪龍ノヴァの生息地。

 おぞましい場所だと思っていたけれど、いたるところに美しいものや綺麗なものが溢れていた。

 それはまるで人間の世界と変わらない。


「質問」

「うん?」

「どうしてここの魔物は人間の姿でいるの?」


 素朴な疑問だった。


「気になる?」

「気になる。基本人間と関わる事は無い、思想的にも厄災を望んでる。それなのに人の姿は保ってるって、やっぱり少し変」


 私はリートを見つめた。

 彼もまた人の姿をしている。


 ふと彼が笑ったような気がした。


「魔物にも色々いるんだよ」

「……色々」

「爺ちゃんの封印が解ける前の話をしよう」


 そう言ってリートはかがむと、上目遣いに私を見上げた。


「この地を治めていたのは俺の両親だった。彼らは人間が好きな人達でさ、本当はここも魔物だけじゃない、人間も含めて楽しめる観光地にしようとしてたんだよ」


 人間も含めて楽しめる……。

 じゃああの浮かれた観光地のコンセプトは間違ってないのかもしれない。

 確かに親しみやすかったから。


「そのついでに決めたルールが『人間の姿になること』だったわけだ」

「凄い方達なんですね」


 言うほど簡単に出来ることではない。

 仲良くしようとするために、魔物側から歩み寄ろうとするなんて。


 でも確かに、邪龍ノヴァが封印されてから、どこかが大きく荒れたって話は聞いてなかったな……あ。


「忘れてた」

「何を」

「挨拶。結婚するのに、ご両親に挨拶してなかった」


 それどころか見かけてもいない。

 今日一日ドタバタしてたから、仕方ないといえば仕方ないけど。


「状況が状況だし、明日挨拶でもいいか――」


 言いかけた時だった。


「はいっ」

「はい?」


 リートが何かを放り投げる。


「これって」


 弧状を描いて手にしたそれは、赤の宝玉そのものだった。


「うちの親」


 親……。

 いいや、これはどう見ても玉だ。


「爺ちゃんは封印が解けた時、それはもう怒り狂ってね……だって許されるわけないだろ、自分を封印した人間と仲良くするなんて」

「どうなったんですか?」

「この里は一度全て破壊される寸前までいった」

「……」

「もちろん、うちの親が防いだけどね。戦って勝てるわけがない、だから話し合いだ。爺ちゃんと何度も話し合った。そこで決まったのが――」


 すっと彼が遠くを見つめる。

 どこか寂し気な表情。

 私は何となくその先を察してしまった。


「二人の命を犠牲にして、爺ちゃんの力が戻るまで誰も入れない強固な壁を作ること」

「…………」


 私はもう一度、手にした宝玉を見つめた。

 透き通った赤色は、まるで瞳のような輝きを秘めていた。



「さてと」


 彼がゆっくりと立ちあがる。

 腕を大きく上に挙げて、めいいっぱい背伸びをした。


「叔父が宝玉を揃えた場合、復活まで意地でも壁は開けないと思う。その方が爺ちゃんの信頼が得られるからね」

「強引に奪うのは?」

「それじゃ意味がない。あの壁は、中にいる本人か一族に認められて結婚した二人にしか開けられないから」


 そこもしっかり抜け目は無いと。


「じゃあ明日は絶対に失敗できないね」

「そゆこと。邪龍ノヴァを倒すなら明日は必ず……」

「そうじゃなくて」


 私は手にした宝玉を、彼の目の前につき出した。

 目を丸くするリート。


「両親、取り戻さなきゃ」

「邪龍討伐は?」

「そんなの後々。家族三人揃う方が大切かな」

「……うん。ありがとう」


 自然に笑った彼の姿。

 本当は辛い話だったのに、私もつい笑ってしまった。


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