第18話 盗んだ金を五倍にして請求しとこう。

 

「邪龍ノヴァの討伐なら、俺は喜んで手を貸そう」

「じゃあ本当にいいのね」

「最初から言ってるだろ。いいよ」


 眼鏡の奥でにっこりと笑う。

 爽やかな男の奥に感じる違和感。

 あまりにも今まで見てきた魔物と違い過ぎる。

 変な人。


「何?」


 彼が訊ねる。

 私はもう一度彼を見つめた。


「平和主義って言ってたのに」


 自称、平和主義の男。

 それなのに彼は自分の祖父、邪龍ノヴァの討伐を歓迎している。


「この状況はいいんだなって思って」

「え? 君達の世界では、邪龍ノヴァがいない方が平和なんじゃないの?」


 彼はケロリとしながら答えた。


「それは……そうだけど」

「じゃあ問題ないでしょ」

「……」


 でもそれはこっちの都合だ。

 恐らく魔物側にしてみたら大問題になると思う。

 彼らの心のよりどころ、邪龍ノヴァの討伐なんて。


 何とも言えないもやもやとした気持ちが心に残る。

 そんな私を、今度はリートが観察していた。


「なにか?」

「ノノア、君さ、優しいでしょ」

「え?」

「は!?」

「!」


 それはまた予想外なことを。


「私が、優しい?」

「そ、優しい」


 急に何!?


 突然の褒め言葉とも取れる発言に、動揺したのは私だけじゃなかった。


「いーえ、それは勘違いね!」


 耳にツンと響く声が届いた。ミレットだ。

 彼女は私を押しのけて、ぐいっと大きく前に出る。


「ねえ知ってる? こいつ私に隕石落としてきたのよ?」


 それは先日の、占い収入泥棒兼ルカちゃん誘拐未遂事件の話だった。

 そういえば盗まれたお金返してもらってないな。


「そ、それはミレットさんが悪い事をしたのが原因ですし」


 すかさずルカちゃんのツッコミが入った。


「結局、ミレットさんには怪我も無かったじゃないですか」

「そっ……そうだけど」


 さすがルカちゃん。

 正論でしっかりミレットを黙らせている。

 あとで邪龍化粧水を買ってあげよう。

 ミレットには、盗んだ金を五倍にして請求しとこう。


 しかし彼の言葉はそれだけにとどまらなかった。


「あと僕を奴隷から解放してくれたのも、奴隷街を本当に救ったのもノノアさんですし……」


 称賛トークが止まらない。


「あ、あのー、ルカちゃん?」

「他にもアルスさんのパーティにいた時なんかは率先して…………あれ、どうかしました、ノノアさん」

「そんなに褒めても何も出ないよ? えっと、その、私が単に……恥ずかしいだけで」


 彼女も大人しくなったみたいだし、これ以上は説明しなくていいんじゃないかな。

 私はやんわりと、彼にストップをかけたつもりだった。


「でも事実ですから。ノノアさんは優しい人です」


 曇りの無い言葉が返ってきた。


「あっ、はい。アリガトウゴザイマス」


 駄目だ、眩しすぎる。

 私の軽率な発言は更に深みにはまりそう。

 もうこれ以上何か言うのはやめよう。無心でいよう。無心で。

 

 ミレットは後で一発殴っとこう。


「さて彼女が優しいということが分かったところで」


 絶妙なタイミング。リートがぱちんと手を合わせた。

 欲を言えば、もう少し早めに会話を止めて欲しかった。


「どうするの」


 ミレットが訊ねる。


「さっそく準備に取り掛かろうか」

「準備?」


 彼の説明の通りだと、私がやるべきことは結婚式で花嫁になることだと思うけど。他に何かあるのだろうか。


「花嫁として一族のみんなに認められるためにちょっとね」

「?」

「ついて来て」


===


 それから歩いて徒歩七分。

 邪龍ノヴァの神殿からほどよい距離にあるこの場所、それは――。


「ここって」

「温泉だよ」


 はい出ました、観光名所。

 邪龍ノヴァの湯。

 疲れた体を癒すのにピッタリってね。アホか。


「へえ、赤いお湯なのね」


 ミレットが屈んでお湯を覗く。

 彼女の言葉の通り、それは透き通った赤い色をしていた。


「どれお湯加減はっと」


 ミレットがそっと手を差し出す。

 その瞬間、リートが慌てて声をあげた。


「あっ、ちょっと待って」

「な、何?」

「触っちゃ駄目なんだ」

「どうしてかしら?」

「毒だからね」

「……毒?」


 ミレットの隣に立ち、私もそっと覗きこむ。


 毒。

 そんな風には見えないけど。


 ほかほかの湯気を出しながら、温泉はこぽりと小さく泡を立てていた。


「この温泉は今、触れた人の心を溶かす毒が混ざっているんだ」

「触れた人の心を溶かす……珍しい毒ですね」


 笑いが止まらないとか、体が解けてしまうとか、色々見たことはあるけれど、心を溶かすってのは聞いたことがない。


「人食い花の花粉がお湯に溶けるとこうなるんだよ」

「それで今は温泉にお客さんがいないんですか」


 ルカちゃんが周辺偵察から戻って来た。

 温泉が珍しかったらしく、少しだけあちこちを見まわっていたのだ。


「そう。今のところは、メンテナンスのために営業中止ってことにしてある。でもいつまでもこのままにしておくわけにはいかないから、最悪の場合、普通のお湯に入浴剤を入れて営業なんてことになるだろうね」


 あははっと冗談っぽく笑ったリート。

 ミレットだけは真顔だった。


「それ後々詐欺問題になるから、絶対やめた方がいいわよ。クレーム処理する下っ端が死ぬほど大変なんだから」


 彼女の人生に一体何が。


 さて、それはともかくとして。


「私達は何をすればいいの?」

「この問題を解決して貰いたい」


 つまり毒温泉の回復か。


「一族のみんなに花嫁として認めてもらうには、こういうのが一番効果的なんだよ」

「随分自信がありますね」

「叔父の失敗例をいっぱい見てきているからね」


 興味が無いという割に、抜け目ないんだな。


「それで方法としては、人食い花と対になって中和効果のある夢食い花の花粉の採取をしてもらいたい。ちょっと険しい山の中にあるけど、君達の移動魔法なら案外簡単に出来るかと……」

「ノノア、出番よ」

「そうですね」

「お願いします、ノノアさん」

「任せて」


 リートはまだ説明中だったけれど、ミレットにもルカちゃんにも対処法は分かりきっていた。

 もちろん私自身も。


 分からないのはリートだけ。


「……えっ?」

「まあ見てなさい」


 ミレットが言った。


 私は地面に膝をつける。

 手を合わせ、目を閉じて祈りを捧げる。


 ――毒よ、浄化せよ。


 次の瞬間、温泉からぶわりと白い光がたちのぼった。

 みるみるうちに、温泉からは赤い色が薄れていく。


「お湯が、透明に……」

「ふう、お仕事終了って、あ、あれっ?」


 思いのほか毒が強力だったらしい。

 浄化にエネルギーを使い過ぎたのか力が抜けていく。

 ぐらりと体が左右に揺れた。


「大丈夫?」


 しっかりとミレットがキャッチしてくれた。


「ありがとう」

「どういたしまして」


 こうしてそっけなく返事をした彼女は、私を抱えたままリートに勝ち誇ったように笑いかけた。


「どう? これが聖女サマの力よ」

「恐れ入ったよ」


 何故ミレットが自慢げなのかは置いといて、リートは素直に感服したようだった。


「あとはこの事実を一族のみんなに伝えれば完璧だ」


 私達は目を合わせ、みんなで一緒に頷く。


「じゃあ明日」

「俺達も結婚式に緊急参加だ」

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