第17話 最低な、とんだクズ野郎
「いやぁまさか秒で殴られるとは」
「つい反射的に」
頭をさするリートを前に、一応申し訳なさげに謝った。
でもこっちが真剣に悩んでいるのに、冗談なんていうから。
「で、何をすればいいんでしょう?」
「だから結婚だよ……おっと」
再び構えた杖だったが、今度はきっちりとかわされてしまった。それどころか、しっかり握られて動かない。
「平和的にいこうよ、平和的に」
そう言いながらへらっと軽そうな笑みを浮かべた。
この人やっぱりただ者じゃない。
「で、結婚ってどういうこと?」
私の代わりに質問したのはミレットだった。
「そんな棚ぼたご都合恋愛チート展開、この偽聖女に出来るわけないじゃない」
彼女はちらりと私を一瞥した。
半分くらい何を言ってるか分からない。
けれどなんとなく酷いことを言われているような気がする。
とりあえず、偽聖女ではないのは確かだ。
分からないのは私だけではなかった。
「棚ぼた……? チート? なんだって? ごめん、ちょっと言ってる意味が分からないんだけど」
ご覧のようにリートも同様に戸惑っていたのである。
うんうん、分からないよね。
「ミレットはときどき謎の言語を使うから気にしないで下さい」
私はにこりと笑って彼に伝えた。
「失礼ね」
ミレットはとても不快そうに頬を膨らませていた。
そんな中、冷静に話を戻そうとするのはルカちゃんだった。
「えっと、話を戻すんですけど」
彼は小さく手を挙げる。
「リートさんと結婚することが、どうして壁を無くすことになるんでしょう?」
「ああそれは……」
言いかけて、動きが固まる。
「その答えを説明するにはこれを見て貰うのが早いかな」
「二つのくぼみ?」
たぶん言葉で説明するのが面倒になったのだろう。
眼鏡をかけているだけで、中身はインテリではなく感覚派なのかも。
「ここだよ」
そう言って彼は、例の防御壁のすぐ脇にある二つの穴を指さした。
ビー玉サイズの小さな穴。
同じ大きさ、等間隔で縦に二つ並んでいる。
「これは……?」
「ここにそれぞれ決まった宝玉をはめるんだよ」
「ふーん、なるほどね」
「?」
ミレットはもう答えに辿り着いているらしい。
彼女だけが強気の表情で笑っていた。
凡人の私は続く話に耳を澄ませる。
「必要なのは、俺の持つ赤の宝玉と叔父ブロスが持っている青の宝玉。さて、その二つを当てはめると壁はどうなるでしょうか?」
「どうせ消えるんでしょ」
「ご名答」
「こんなのゲームじゃ鉄板のルールね」
……強気なミレットは置いといて。
「じゃあその二つの宝玉を入手出来れば、私達は邪龍ノヴァに近付けるんですね」
ルカちゃんが純粋な瞳で訪ねた。
「そうだね。でもそれが簡単にはいかないようになっている」
「というと」
「二つを揃えるには条件があるんだ、それが」
「結婚……」
私はぼそりと呟いた。
「ぴんぽーん、正解です」
彼は嬉しそうに答えた。
いや、この流れだとそれしか答えがないからね。
「俺と叔父は、自分たちの選んだ花嫁が一族に相応しいとみんなに先に認められて、はじめて宝玉を二つを揃えられる」
「なるほど……?」
リートの話によると、先に認められた方が、認められなかった方から宝玉を譲られるという決まりになっているらしい。つまり、早くいい嫁見つけた方が勝ちってことか。
「じゃあ私達が最初に出会った時、花嫁がどうとか言っていたのはこのためだったと」
「そうそう」
「つまりあなたは、生贄から花嫁を――……」
「あー待った、それは違う」
「違う?」
両手を前につき出してリートはふるふると首を振った。
「花嫁は花嫁でも、あれは俺じゃなくて叔父の花嫁だよ」
「叔父さんの?」
叔父さんって、今の話だと競争相手になる人なのでは?
その疑問を察したように、リートは続ける。
「だって俺は最初から勝負する気はないからね」
勝負する気がない?
「どうしてです?」
「だって嫌だろ。宝玉欲しさに手あたり次第結婚するなんてさ」
彼の口調は軽いながらも、何故か強い意志を感じた。
「叔父はさ、生贄と称して手あたり次第、花嫁を集めているんだ。で、ひたすら結婚を繰り返す。そうすれば運が良ければ一族みんなに認められる可能性があるからね」
「うわ最悪。とんだクズ野郎ね」
好みの人間を見繕って、人形にしてたミレットが何を言うか。
そう思ったけどそれは口にはしなかった。
たぶん死ぬほど怒るから。
「という事で、君達がもし壁をどうにかしたいなら、俺と結婚するしかないわけだ」
「……」
確かに彼の言う通り。
物理で壊せない壁なら、そのルールに従った方法で壊すしかない。
でも結婚。結婚なぁ……。
別に想い人がいるわけじゃないけど、邪龍ノヴァの為に人生の一大イベントを経験してもいいものか。
ちょっと邪龍に屈した気分。
「迷ってる時間はないよ。こうしている間にも叔父は着実に理想の花嫁の正解に近づいている。何故だか分からないけど、最近生贄は花嫁がみんな怯えず、一族好みの理想的な花嫁として現れるらしいんだ。俺の見立てだと、この間花嫁候補に見つけた女性が、一族から認められることになっちゃうんじゃないかなぁ。叔父もそれを分かっているようで、結婚式に向けて最終調整を行ってるみたいだし」
うわあ、そういう攻め方ずるい。
「ちなみに式はいつ?」
ミレットが訊ねた。
「明日」
「馬鹿じゃないの?」
うん、馬鹿だね。ミレットに同意。
明日って、それじゃ一晩悩むことすら出来ないじゃないか。
「ノノアさん、どうしますか?」
ルカちゃんが心配そうにこちらを見つめる。
ううっ、そんな風に見つめられると『ルカちゃん変わって?』なんて冗談でも言えなくなるじゃないか。
腹をくくるしか……ない、のか。
この先結婚出来る保証もないし、ま、いいか。
「……リート」
私は一歩前に出る。
へらへらと高みの見物をしている彼を地面へと引き下ろすように、その胸倉をがしっと掴んだ。
「ん?」
私の睨みも一切効果が無いかのように、彼は黒色の瞳を私に向けた。
眼鏡のレンズ越しに私の顔が彼の瞳に映る。
「あなたさっき、勝負する気は無いって言ったわよね。それなのに私達に協力するのはいいの?」
「いいよ」
「どうして?」
「それは」
彼は私に手を重ねる。
あくまでそっと、優しくその手を解いた。
「君達の目的が邪龍ノヴァを討伐することだから、かな」
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