第16話 邪龍ノヴァ(弱)

 

 私達をここまで案内した謎の男は、なんと邪龍ノヴァのお孫さんでした。


「……なんでそれを最初に言わなかったんです?」

「あははごめん」

「ごめんではなく」


 自分の正体がばれてしまったにも関わらず、彼は笑顔を崩さなかった。

 いまいち掴めない人だ。


「ノ、ノノアさんっ」

「?」


 声がした方に振り向くと、ルカちゃんが不安そうに鏡を構えていた。


「せっ、戦闘ですかね?」

「あー……」


 確かにそうしれない。


 相手は邪龍ノヴァの血縁者。

 のんびり会話していても、いつ戦闘が始まるか分からない。

 それなら先手を打って攻撃を仕掛けるべきか。

 でもなあ。


 私は再び街中に視線を移した。

 観光客という名の魔物達が平然と闊歩している。

 ここでもし戦闘が始まった場合、彼ら全てを敵に回して、勝てる確証はあまり無い。


「心配なら一旦逃げるのもありじゃない?」

「ミレット」

「なんならもう手は打ったわ」


 言葉の通り、地面には既に魔法陣がひかれていた。


「手際がいいわね」

「元々、正攻法で勝とうとなんて思うタイプじゃないでしょ?」


 その通り。


 私の表情で全てを察したのか、ミレットは読み通りと言わんばかりにニヤリと笑った。


「ほらさっさと陣に入って……」

「その必要は無いよ」

「えっ?」


 その言葉に私達は一緒に彼を見る。

 リートは高らかに腕を挙げていた。


 彼の指からパチンという音が鳴った。


「は、嘘でしょ!?」


 ミレットが狼狽する。

 彼女の描いた魔法陣が、砂浜に描かれた落書きのように音もなくサラサラと消えていった。


「せっかくミレットが用意した魔法陣が」

「ごめんね」


 言葉とは対照的に、にこやかな表情のリート。


「何してくれんのよ!」

「そんな事する必要ないと思ってさ」


 ミレットの怒りにも動じず、彼は平然と対応する。

 中指で眼鏡を押し上げてから、落ち着いて言葉を続けた。

 

「なんせ俺は、最初から敵対するつもりは一切ないからね」

「敵対するつもりがない?」

「平和主義なんだよ」


 そう言いながら彼は、観光客の子供に手を振った。

 気付いた子供が、彼に手を振り返す。


「……」


 確かに周囲を巻き込んで、戦いを始める雰囲気ではない。


「……じゃああなたのお爺さん、邪龍ノヴァが倒されても見過ごすってことでいいのね?」


 私が訊ねる。

 その問いに、彼はあっさりと答えた。


「倒せればの話だけどね」

「ちっ、なんだ。結局余裕なだけじゃない」


 ミレットは悔しそうに舌打ちをした。


 でも彼の言葉も一理ある。

 私達に邪龍ノヴァを倒す力が無ければ意味はない。


「……」

「あれっ、もしかして何か勘違いしてない? 倒せればってそういう事じゃないよ」

「じゃあどういう事よ?」


 ミレットが強めに問いかける。


「知りたいならついて来なよ」

「罠じゃないでしょうね?」


「いやいや、ただの観光名所だよ」



===


「着いたよ」

「ここ?」


 彼に連れられ、私達は数分で目的地へと辿り着いた。

 

 観光地の一部、巨大神殿。


 観光客に大人気のスポットらしく、神殿を背景に記念撮影している人達がちらほらいる。


「ここはね、爺ちゃんが実際に封印されてた場所」


 『封印されてた』と過去形で語るのは何故か。

 きっと今が、封印されていない状態だからだろう。

 やはり邪龍ノヴァは噂通り、復活している。でも。


「出ているのは大人気観光地オーラだけみたい」


 すぐ近くでは、いい感じに写真を撮って現像してくれるお店が出ていた。

 ここにも邪龍ノヴァの姿はない。

 それどころか、邪龍らしきオーラや雰囲気も出ていない。


「肝心の邪龍ノヴァの姿が見当たりませんね」

「本当だね」


 彼は何を見せたかったのか。

 私達は助けを求めるようにリートの顔を見つめた。


「いや、そんなことないよ」


 彼は真っ向から否定した。


「ちゃんとこの奥にいる」

「この奥?」

「うん。ごめんちょっと失礼」


 そう言うと彼は私達の横をすり抜け、写真撮影のベストスポットマークが書かれている地面の上に立った。

 彼のすぐ後ろには、神殿の入り口を覆う黒い膜。

 まるで壁のように広がっていた。


「見ててね」


 リートが右手を強く握る。

 飄々とした態度と外見も相まって、あまり強そうには見えない。


「せーのっ」


 彼は思い切り膜を殴り付けた。


 どんっ。


「!?」


 見た目に反した音が響いた。

 一体どこにそんな力が?

 邪龍、怖い。


「ノノアさん見て下さい」

「?」


 ルカちゃんが地面を指さす。

 そこには新しくヒビが入っていた。

 でも神殿は無傷。


 ……固すぎでは?


「なんですか、これ」

「防御壁さ」

「防御壁」

「封印じゃなくて?」

「封印は解けてるからね。これは彼を閉じ込めるための物じゃない。自分が外界を拒絶するための物だよ」


 自分が外界を……拒絶? えっ?


「何のためにそんな物を」


 最強なんだから、周りを拒む必要なんて無いのに。


「完全な状態で復活する為かな」

「それはつまり」

「今の爺ちゃんは万全な状態じゃないんだよ」


 そうだったのか。


「千年もブランクがあったからね。復活して当時の力のままとはいかないらしい。当然、今勇者に攻められたら負ける可能性が高い」

「それで自分の力が戻るまで、守りに徹してこの奥にいるってわけね」

「そゆこと」


 彼は頷いた。

 『倒せれば』の意味がようやく分かった。


「この壁を壊すのは」

「結構難しい。ま、俺が弱いってのもあるけど」

「……」


 弱い、ね。


「もうじゃあ面倒だし、出て来ないなら歓迎ってことで放置しちゃえばいいんじゃないの?」


 そう言ったのはミレットだった。


「中に籠って出て来ないって事は、封印されてるのと同じようなもんじゃない」

「それはちょっと違うわ」

「どの辺が?」

「今倒せば、邪龍ノヴァ(弱)。でも放置し続けると邪龍ノヴァ(究極完全態)になるでしょ?」

「う、確かに」


 どの道倒すなら弱い方が断然お得なのだ。

 問題はこの壁をどうするか。


「ふふ、お困りのようだね」


 リートが楽しそうに笑っていた。

 こいつめ。


「ええ困ってる。だから邪魔しないで」

「まあまあ、落ち着いて。壁を無くす方法教えてあげるからさ」

「……は?」


 今なんと。


「……さっき、無理そうなこと言ってなかった?」 

「結構難しいって言ったんだよ」


 似たようなもんだろう。


「ちゃんと方法はある」

「……どんな?」

「それは」


 彼は怪しく笑った。

 息を呑む。

 私は耳を研ぎ澄ました。


「俺と結婚すること」

「………………そう」


 私はにこやかに杖を振り上げていた。

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