第15話 人間にとってのラストダンジョンは彼らにとって聖地らしい
「教えて下さい。この人達は一体何者ですか?」
「何者って」
男の目がすっと細められる。
それだけなのに何故か背筋が凍り付く。
ごくりと唾を飲んで言葉の続きを待った。
「人間じゃなきゃ残りは決まってるだろ?」
「……」
それはつまり。
「魔物だよ」
「まっ……」
「魔物!?」
ルカちゃんとミレットが同時に驚いた。
流石に二人も、街を彩る観光客の正体が魔物だとは知らなかったらしい。
もちろん私も。
「そ。魔物」
緊張する空気の中、男だけが余裕の表情を浮かべていた。
彼には私達の反応も想定通りってことか。
なんだか悔しいな。
「もう一つ教えて」
「何かな」
「目的は何?」
「目的?」
「私達をここに連れてきた理由があるんでしょ?」
そうじゃなきゃ、わざわざ私達人間を魔物だらけの街に案内するはずがない。
「知りたそうにしてたから、ってのじゃ駄目?」
「駄目。そんな単純な理由で魔物だらけの場所に人間を誘導するなんて、悪意がすぎる」
「悪意ねぇ……」
腕組みをして悩んだような素振りを見せる。
ひと時も目が離せない。
彼の真意を探ろうとした、その時だった。
「すいませーん、写真いいですか?」
若い観光客が二人、声をかけてきた。
人間のように見えるが、恐らく彼女等も魔物。
「写真、撮るからいいかな?」
「……それくらいならまあ」
シャッターを押すだけの時間くらいは待ってもいいだろう。
私はその様子を眺めることにした。
「じゃあ、はい」
「はい?」
差し出されたのは一台のカメラ。
「どうしたの? 撮影の仕方分からない?」
「いや、そうじゃなくて」
観光客と並びながら不思議そうに見つめる彼。
「写真、私が撮るんですか?」
頼まれたのはそっちなのに。
頼まれたにも関わらず、その役割を私に振るってなんか変なのでは?
戸惑っていると、彼が私に近づいてこっそりとささやく。
「ごめん、この場だけお願い」
「……分かりました」
「ありがとう!」
ま、深く考えても仕方ないか。
「じゃあ撮りますねー」
カメラを構える。
四角に収まる観光地を背景にした二人の観光客と眼鏡の彼。
「……あの」
「ん?」
「一緒に写っちゃってるんですけど」
「いいのいいの」
いや、良くないだろう。
旅の思い出に見知らぬ男が堂々と写り込んでる写真ってなんなの。
本当にいいのかそれで。
「写真まだですかー?」
観光客二人はこのやり取りに戸惑っていなかった。
それどころか、私が早くシャッターを切るのを待ち望んでいる。
いいんだ。
「そのままシャッター押せばいいから!」
「……分かりました」
こうして私は複雑な気持ちのままボタンを押した。
「ありがとうございました!」
撮影後。
女性が丁寧にお礼を言う。
よっぽど嬉しかったのか、満面の笑みを浮かべていた。
「いい思い出になりました」
「それはよかったですね」
当然『隣に変な人写ってますけど』、とは言えなかった。
で、問題の彼はといえば、悪びれもせずへらへらと一緒に会話に混ざっていた。
「私達ここに来るのが昔からの夢だったんです!」
「そうそう。僻地に住む者から見たら聖地ですよ! 聖地!」
「そっかそっか」
涙ぐみながら想いを訴える女性に同調するように、彼はうんうんと頷いた。
しかしなるほど。
人間にとってはラストダンジョンでも、魔物にとっては聖地になるのか。
「地元に戻ったらみんなに自慢します!」
「ははは、よろしくね」
よかったね。
「邪龍ノヴァまん千個買って帰ります!」
「ありがとう」
買い過ぎでは。
「今日の写真は我が一族の家宝にします!」
それは……ちょっとやりすぎかな?
「今度よかったら是非、ムーチス島にもお越しくださいね」
「冷血の秘宝と共にお待ちしています」
「うん、分かったよ」
ん? ムーチス島?
アルス達と上陸しようとして、あまりにもの敵の強さに見送った島がそんな名前だった気が。
冷血の秘宝って確か、人間の命を糧に無限回復出来るって噂の姉妹型ボスが使うアイテムじゃなかったっけ。
「……」
「あ、そろそろ帰らないと」
嫌な発見に背筋がぞっとした時、ちょうどそのタイミングで彼女達の一人がそう言った。
「行くわよ」
「ええ」
「写真ありがとうございました。お爺様の完全復活を島民一同応援しています!」
「一緒に厄災、盛り上げていきましょう!」
「「ではまたいつか!」」
明るく元気に手を振って、二人は笑顔で去っていった……。
「……」
「……」
さて。
残されたのは私達と眼鏡の男。
「えー、はい、質問です」
「……なにかな?」
「あなたのお爺さんのお名前は?」
「そういう時は俺の名前から訊ねようよ。お互い名前も知らない仲だし。俺の名前は……」
「お爺さんのお名前は?」
「うわあスルーされた」
だってまったり自己紹介している場合じゃ無いから。
それよりも何百倍も大切なことが、さっきの別れの会話の中にしっかりと含まれていたことに気付いたから。
私の勘違いじゃなきゃ、彼のお爺さんの名前は。
「分かったよ、言うって」
見るからに悲しそうに男はうなだれた。
チラッとだけ私の方を見て、出した答えは……。
「ノヴァだね」
やっぱり。
「……」
「……」
「別に言う必要もないと思ったんだけどな」
そう言って彼は呪文を唱えると、背中から小さな翼を出した。それは伝説に聞く、邪龍の一族しか持っていないという漆黒の翼。
「俺はリート。邪龍ノヴァは俺の爺ちゃんだよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます