第14話 おいでませ、ラスボスの里

 

 観光名所。

 邪龍ノヴァが観光名所。


 何かの聞き間違いかな?


「聞き間違いじゃないからね!?」


 ミレットが勢いよく否定した。


 ミレットよ。思考を読むのはやめてもらおうか。


「分かった。じゃあゆっくり説明してもらえる?」

「いいわよ」


 彼女はこくりと頷くと、さっそく説明を始めた。


「ご存じのとおり、私とルカは周辺を探索していたの。そしたら偶然大きな立て看板を見つけた。なんて書いてあったと思う?」

「……さあ? ゴミのポイ捨てはやめよう、とか」

「んな訳ないでしょ」


 ですよねー。


「この先300m、邪龍ノヴァの里……だよね?」


 答えたのは例の眼鏡の彼だった。


 この先300m、邪龍ノヴァの里?

 それじゃまるっきり案内板……。

 しかもノヴァの里って。

 どこから突っ込めばいいのか分からない。


「そう、彼の言うとおり、そこにはそんな言葉が記されていた。それで半信半疑で行ってみたら、おみやげやさんや宿が立ち並んでて、明らかにザ・観光名所になっていたわ」

「おみやげやさんに……宿屋……」


 それで謳い文句が邪龍ノヴァの里?

 言われてみれば、観光名所っぽさはあるけど……えー、そんな話あるのかなぁ。

 世界を揺るがす存在が観光とかやる?

 話題性を狙った新手の詐欺商売じゃない?


 よく見ると邪龍ノファになってるとかさ。

 

「う、嘘じゃないんですよ!」

「ル、ルカちゃん」


 ルカちゃんまでもが本気で言うなんて。

 これで証言二つ。

 んー、じゃあ本当なのかな。


「だから合ってるって言ったのに」

「え?」


 眼鏡の人まで。


「俺さっき言ったよ。合ってるよって」

「ああそういえば」


 言われてみれば、確かに言ってたかも。


「まさか忘れてた?」

「忘れてたというか、当てにしてなかったというか」

「酷いなあ」

「まあ、さっき会った人の言葉ですし」

「んー……確かにそうか」


 彼は考えるように宙を見上げた。

 それからポンと手を叩く。


「よし、じゃあ改めて言おう。確かにここは、邪龍ノヴァの地で間違いない」


 そう言って彼は眼鏡をクイッと押し上げた。


「……なるほど」


 証言三つ。

 ここまで揃えば信じるしかないんだろうな。


「口で説明するより見た方が早いよ。ほら」

「えっ」


 ほらって。


 彼は私の手を引いた。

 案内する気満々だ。


「こっち」

「いや、あの……」


 素性の全く不明な男。今のところ眼鏡くらいしか特徴がない。

 本当について行って大丈夫なのか? 

 凄く怪しい。不安だ。


「ミレット」


 私は彼女にそれとなく助けを求めた。

 ミレットが私の顔を見る。

 彼女はあっさりと首を縦に振った。


「たぶん、大丈夫だと思う」


 迷いの無いストレートな返事。


「だって本当にただの観光地なんだもの」

「ですね」


 ルカちゃんもそれに同意した。


「それよりも私、いつも余裕なあなたの顔がどんな風に変わるのか、そっちの方が気になるわ」

「性格悪くない?」

「悪くて結構」


 わー開き直った。


「で、どうする?」


 男が訊ねた。

 うーん、ここで引き下がるのもなんだかな。


「行ってやろうじゃない」

「ご新規様ご案内ー」


 こうして私はあっさりと邪龍の里に向かったのだった。



===


「うっわ」


 真っ先に目がとある物に奪われる。

 私の動きを止めたのは【おいでませ邪龍ノヴァの里】という大きな看板だった。


「本当にあったよ観光地……」

「ね?」


 ミレットは勝ち誇ったように笑った。

 なるべく無心でいようと思ったけど、ここはあまりにも観光地観光地している。


「ねえ、あれは何?」


 ほかほかと蒸し器で蒸された丸くて白い物体を指差す。

 いや、まさか、まさかね。


「あれはノヴァの里名物、邪龍ノヴァまん」

「邪龍ノヴァまん……」

「ここの温泉で蒸したものだよ」


 それは完全に温泉饅頭。


「じゃああれは?」

「邪龍ノヴァのたまご。ま、本物じゃないけどね。温泉で茹でたたまごだよ」


 それを人は温泉たまごという。


「あっちが邪龍顔パックで、こっちが邪龍化粧水、ああこれは邪龍ノヴァの里に行ってきましたクッキーだね」

「……」


 おい待て、どうしてそうなった。

 邪龍ノヴァって悪いやつだよね?

 世界を滅ぼすとかそういうやつだよね?


 それを観光に使うなんて不謹慎にもほどがある。


「これ、世間から非難ありません?」

「無いよ、全然」


 即答だった。

 無いのか。


「だって考えてもみなよ。こんな場所に辿り着く人間なんて、勇者くらいのもんじゃない?」

「……確かに」

「勇者さえ訪れなければ、全然問題ないよ」

「……それもそう……なのか」


 私は納得してしまった。

 だってアルスは、こことは全然離れたダンジョンにいたし。あのペースならここに着くのはまだまだ先になるだろう。

 こりゃあしばらく、彼らはこの路線でやっていけるだろう。


「理解出来た?」

「ええ、当分はここの商売も安泰で……」


 ……ん? 安泰?


 納得しようとした心の中で、小さな違和感が胸を燻る。


「いや、ちょっと待って下さい。一つ質問が」

「はい、どうぞ」


 手を挙げた私に、男は笑顔で応えた。


「お客さんも来ないのに、どうして観光業が成り立つんですか?」

「ん? いるじゃないか、ここに沢山。あちこちその辺を歩いてるよ」


 男がひらひらと手を振った。

 たまたま目の合った観光客の子供が、可愛らしく手を振り返す。


「でも……」


 ここに人間は訪れない。

 彼は確かにそう言った。

 じゃあ彼らは。

 この観光地を訪れているお客さんは一体誰?


「教えて下さい。この人達は一体何者ですか?」


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