第13話 花嫁さんとお付きの人

 

 さあて、出た先が吉と出るか凶と出るか。

 とはいえ私達の目的地は邪龍ノヴァの元。

 吉と出るはずがないけれど……。


「……ここは?」


 思っていた場所とは随分違う。

 そこは魔物が救うお城でも無ければ、溶岩ドロドロの荒れ地でも無かった。


 普通の、森?


「ミレットさん」

「な、何よ」

「移動魔法、失敗した?」

「しーてーなーいー」


 ミレットがじわりと詰め寄る。

 お嬢様、怖いって。


「っていうかそのミレット『さん』っていうの止めてよ」

「?」

「あなたのその腹黒な精神で『さん』付けされると鳥肌が立つの! どうせ、内心では呼び捨てにしてるくせに」


 おお鋭い。


「年齢だって、見たところそんなに離れてる感じもしないでしょ」

「まあ……」

「いくつ?」

「何が」

「年齢!」


 やだな、そんなに怒らなくても。


「十七」

「ほら同じじゃない!」


 ミレットは腰に手を当てて、勝ち誇ったように言った。

 勝ち負けなんてないけど。


 しかし同じだったのか。

 それにしては随分堂々としてるな、この人。人生二周目っていうか。

 でも言ったら怒られそうだから、黙ってよ。


「ん?」


 そんな事を考えていたら、ミレットが難しい顔でじっとこっちを見ていた。


「まだ何か?」

「決めたわ」

 

 そう言うとミレットは人差し指をビッと出し、私の方に力強く向けた。


「私はあなたを呼び捨てにする。だからあなたも呼び捨てにしなさい。分かった?」

「…………何のために」

「何のためぇ?」


「ノ、ノノアさん」

「?」


 なんだろう。

 ルカちゃんがそっと私のそばにやって来る。

 少し腰を屈めたかと思うと、彼はこそこそと耳打ちを始めた。


「たぶん打ち解けたいんですよ」

「打ち解けたい?」


 この高飛車なお嬢様が、私と打ち解けたい……。

 あまりそんな風には見えないんだけど。


「相手に対する呼び方って重要だと思うんですよ。カトリーヌさんみたいに」


 ああ、カトりん。

 本人は『子供っぽいからやめて下さい!』って途中から嫌がっていたから辞めたけど、まあ確かにそう呼んでた時は仲良く出来ていた気もする。


「あとは、ルカちゃんとか?」

「そっ……そうですね」

「……なるほど」


 まだもう少し関わる機会もありそうだし、それで円滑な人間関係が築けるなら。


「失礼、変なこと聞いてごめんなさい。いいわ、私もあなたのこと呼び捨てにする。よろしくね、ミレットさ……ミレット」

「ええ、よろしく」


 彼女は満足げに頷いた。


「じゃあとりあえずこの辺探索しましょ。ノノア、ルカ」


 そう言って、彼女はぐるりと私に背を向けた。

 いつの間にかルカちゃんまで敬称略になっている。でも――。


「ミレット」

「何?」

「実はルカちゃん年上です」

「!?」


 あ、驚いてる驚いてる。


「嘘でしょ」

「本当」

「こんなに可愛いのに?」

「可愛いのに」

「お肌もみずみずしいのに」

「みずみずしいのに」


 ミレットはじいっとルカちゃんを見つめた。

 ルカちゃんは当然……困っていた。


「あ、あのー……」

「……分かった、訂正する。探索しましょう。ノノア、ルカさん」

「別に僕はどっちでもいいです……よ?」

「だそうです」


 私もルカ『ちゃん』って呼んでるしね。


「……じゃあ、ルカで」


 こうしてなんとか呼び方問題は一件落着。



「じゃあ今度こそ本当に探索だけど……」


 再びミレットが探索を指揮しようとした時だった。


「あっれー??」

「っ」


 謎の声によりまたしても中断。

 ミレットはぐっと口をつぐんだ。


 たぶんこの手の流れに縁遠いんだろう。お気の毒に。


「もしかして生贄さん?」


 声の方へと振り返ると、そこには眼鏡をかけた軽い感じの男性が立っていた。


 生贄とは、これまた物騒な。


「おっかしいなぁ、しばらくなしって伝えたはずだけど……」


 生贄発言をした彼は、私達の警戒心などお構いなく、ぶつぶつと何か呟く。そしてやがて……。


「まあ、いっか」


 考える事が面倒になったのか、草むらをかき分けてこちらへと近づいてきたのだった。


「ちょっと、あなた!」

「なるほどー? ふんふんふん……」


 なんだこの人。


 ミレットの睨みもお構いなし。

 色白い手を顎に当てて、まるで考え事をするように、彼は私達を観察した。


「急に現れて自己紹介もなく何のつも……」

「えーっとたぶん君がそうかな?」

「えっ?」


 するりと細い手が伸びる。

 彼はルカちゃんの手をとった。


「??」

「君が生贄の花嫁さん」


 花嫁さん。


「で」


 眼鏡がきらりと反射する。

 彼の黒目がしっかりと私達を捉えた。


「君達二人がその付き人さんかな」


 付き人さん。


 ……なるほど。

 ルカちゃんが花嫁さんで、私とミレットがその付き人さんか。


「ち、ち……」

「ちっっっっがうわよ!」

「え、違う?」


 戸惑うルカちゃんに、怒りだすミレット。


 うん。

 ここまでのオチ、余裕で想像出来てた。


===


「なーんだ、じゃあ君達は生贄でもなんでもなくて、普通にここにやって来ただけなのか」

「そういう事になりますね」


 あらぬ誤解をきちんと解いて、私は彼と話をしていた。

 ちなみにミレットは怒りのままに周辺探索。ルカちゃんもミレットの後を追いかけて探索に向かった。


 だから実質今の私は、この初対面の彼と一対一。

 何かあったらどうしよう、なんて。


「ちなみにここまではどうやって来たの? 飛行種でも捕まえた?」

「いえ、移動魔法で」

「移動魔法!? そんなの使えるの?」

「……まあ」


 ミレットがだけど。


「ふーん、じゃあそんなすごい人達が生贄は無いよね。何しに来たの?」

「邪龍を倒しに」

「なるほど」


 眼鏡をきらりと光らせて、彼はすんなり頷いた。

 この人ちょっと珍しい。


「……意外ですね」

「ん、何が?」

「邪龍討伐。普通この話を聞いた人は、無謀だから諦めろって引き止めたり、出来っこないって馬鹿にしたりするものなのに」

「へえ、そうなんだ」


 やっぱり変な人。

 彼は私の説明を聞いて尚、変なリアクションをすることもなく、ただ普通に納得していた。


「でも見たところ、ここには邪龍の邪の字もありませんね。たぶん誤った場所だったのでしょう。残念ですけど、また一から調査することにします」


 ルカちゃんの占いだって、100%じゃない。

 何らかの思念が加わることで、結果が変に捻じ曲がることだってある。相手が邪龍ノヴァならなおさら。


「ということで、私はこの辺で」


 そう言って、ゆっくりと立ち上がろうとした。

 さてと、ミレット達を探さなくては。


 けれど。


「待った」


 ひんやりとした手が私の手首を掴んだ。


「合ってるよ」

「?」

「その話、合ってる」

「合ってるって……」


 それはもしかして。


「邪……」

「ちょっとぉ!!」


 それはミレットの声だった。

 がさがさと音を立て、足音は私の方へ近付いてくる。


「ど、どうしたの?」

「どうしたもこうしたも無いわよ。ここ、とんでもない場所だったのよ!」

「とんでもない場所?」


 私が首を傾げると、彼女は力強く私の肩を掴んだ。



「邪龍ノヴァが観光名所になってる!!!」

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