第12話 奇跡かな?

 

 額に汗を浮かべた少女。

 彼女は一人必死になりながら回復魔法を唱えている。

 アルス一行の回復担当、カトリーヌである。

 

「……」


 私は彼女のその作業を黙って隣で見下ろしていた。


「……何?」


 ふとその動きが止まる。


「どーも、荷物持つくらいしか役に立たない女です」


 そう言ってようやく私はちょこんと隣に屈んだ。


「……分かってるなら邪魔よ、どいて」

「冷たいなあ」

「私が何をしてるかくらい、さすがのあなたでも分かるでしょ」

「分かるけどさ」


 それにしたって塩対応でしょ。


 彼女は私をぽんと押しのけると、何事も無かったかのように再び長ったらしい呪文を唱えた。


「回復ね……」


 彼女の手元をじっと見つめる。

 ずっと回復を続けていたのだろう。明らかに彼女の魔力が希薄になっているのが分かる。これじゃいつ、そこで寝ているアリスのように、魔力切れになって倒れてもおかしくない。


「アルスにこれ以上は無理って伝えた方が良かったんじゃない?」

「馬鹿にしないで」

「でも」


 エミルとソフィアの負傷具合を見る限り、今の彼女じゃ到底治療出来そうにない。

 本来ならリーダーであるあいつが、判断して次の指示を出すなりなんなりするべきところだと思うけど、あの男、聖剣惜しさにこっちはカトリーヌに丸投げしたからな。


「……私は」

「?」

「私はあなた達とは違う。ろくに出番の無い占いや祈る事しか出来ないお荷物じゃない」

「カトリーヌさん……」

「……」


 ほほう、言ってくれたな。

 私だけならまだしもルカちゃんまで。

 本当はちょっと同情したから手伝おう思ったけど、やっぱりやめようかな。


「帰るか」

「あっノノアさん」


 私は静かに立ち上がり、ミレットに次の行き先を告げようとする、その時だった。


「ただでさえ、最近みんなが足の引っ張り合いをはじめてるっていうのに、このままじゃ私が真っ先に振り落とされちゃうのは嫌なの!」


 彼女は力一杯叫んだ。


「カトリーヌ……」

「なんで最近になってこんなことばっかり起きるの!? エミルは調子よく立ち回るし、アリスはすぐ色目使うし、ララは自分勝手だし、ソフィアは天然! 前はこんなこと無かったのに!」

「それは」


 それはたぶん、私がこの集団を抜けたせい。

 私がいなくなった事がキッカケで、アルスにかかっていた加護が消えたんだ。少なくとも、女性関係の面については確実に。


「……仕方ない。ちょっとどいて」

「なんで?」

「いいから、そこどいて」

「あっちょっと」


 カトリーヌを押しのけて、今度は私がエミル達の前に立った。

 杖を手に取り、少し広めの陣をひく。


「それで一体何する気? あなたに回復なんて出来るはず……」

「回復? 違うけど」

「じゃあ何を」


「奇跡……かな」


 私は少しだけ口元を緩ませた。


「奇跡?」


 カンと杖先を地面に打ち付ける。

 私の無音の詠唱で、辺りが光に包まれた。


===


「……ううん」


 むくりと形を帯びた人影が一人でにゆっくりと起き上がる。


「私ったら……今まで何を……」


 一つ起き上がったと思ったら、それは二つ三つと立て続けに起き上がった。


「……ゴーレム……ゴーレムはどう……なった……?」

「変ね……頭にこぶが出来たと思ったんだけど……無いわ」


「……よし、成功っと」


 片手で小さく拳を握る。

 半覚醒の状態でふらふらとしながら目を擦る彼女達を、私は少し離れたところで見守っていた。


「じゃ、行こうか。ルカちゃん、ミレットさん」


 くるりと二人に向き直って声を掛ける。

 二人は少しだけ複雑な表情で私の顔を見つめた。


「いいの? このまま立ち去って。恩を売るならいい機会じゃない?」

「せめて挨拶くらいでも」

「別にいいって」

「でも……」

「そんなことよりさっさと邪龍倒す方が先でしょ? って訳でミレットさん、よろしく」

「分かったわよ」


 頷いて、ミレットが魔法陣を広げた時だった。


「待ってよ荷物持ち」

「……」


 その声に振り返ると、カトリーヌが立っていた。

 さっきまでの疲労感はどこへやら。

 今はすっかり顔色も良くなっている。


「感謝なんてしないから」

「はいはいどうぞご自由に」

「間違えても、もう一度仲間になろうなんて思わないでよね」

「思わないって」


 さっきアルスに喧嘩売ったばかりだし。


「……でも」

「?」


 少しだけ言葉を詰まらせて、それから彼女ははっきりと言った。


「先に邪龍を倒すくらいは許してあげる」


 おや、それはまた。


「ふふっ」

「で、出来ればの話だから! あなた程度の存在が邪龍ノヴァを倒すなんて、出来るとは思えないけど! でもっ……」

「はいはい、カトりん。分かった分かった」


 珍しく今日は取り乱している彼女の頭を私は優しくそっと撫でた。


「ねえ、カトりんって?」

「ああ。カトリーヌさんはノノアさんよりも後から入った、いわば後輩みたいな存在なんです」


 そう。ルカちゃんの言う通り、カトリーヌは私の後輩。

 本格的な補助役として、私が孤児院で見つけてきた回復役の女の子。

 親に捨てられ、人に馴染めず、孤児院を一人飛び出そうとしたところを、私が呼び止めアルスに紹介した。最初は純粋に回復役に徹していたけど、いつの間にか自分の居場所を守ることに固執して、周りに対抗心を燃やすようになっちゃった。

 たぶん今のアルス達の周りで勃発している恋愛戦争は、彼女にとって相当ストレスだろうなぁ。


「カトりんがもし今のパーティ嫌になっちゃったら、うちに来てもいいからね?」

「それは絶対にしない」

「えっ」


 なんでよ。


「私、見下されるの嫌だもん。『あーあいつ、使えないからパーティ抜けたんだな』って思われたくないもん」


 そう思うのはカトりんだけだよ、たぶん。


「私絶対あの中で、『あなたがいなきゃ困ります。カトリーヌ様』って言われるような存在になる」

「そ……そう、頑張ってね」


 目標があるのはいいことか。

 そういう事にしておこう、うん。


===


「それじゃ今度こそ移動するわよ」

「お願いします」


 ミレットが詠唱を始めると、魔法陣が白く光った。

 しっかり準備が出来ていたのか、魔力の流れにも歪みがない。三人乗っても大丈夫。


「行先は」

「彼から把握済み」


 ミレットはそう言ってルカちゃんを指差した。

 さっすが。



「ではいざ出発しましょうか。邪龍ノヴァの目の前に!」



 こうして私達は邪龍ノヴァ討伐へと向かったのだった。

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