第11話 「邪龍討伐は、私がやるからご安心を。どうぞあなたは女の子達と楽しく遊んでいて?」

 

 何も知らない人から見れば、薄情な発言に聞こえるかもしれない。

 でもさ、パーティ追放を宣言する男と仲良くするって、そりゃあ無理な話でしょう。


「……どちら様でしょう。全然知らない人ですね」


 私は冷静に答えた。

 第一声は絶対大事。私はお前を認めないぞ。


「ははは、そう言うなって。あの時は悪かったよ」


 一切の躊躇ない言葉。


 軽い。軽すぎる。

 たったそんな一言で、私を追放したことが済まされるとでも思っているのか。

 しかも浮気を目撃されたことについては、もはや記憶にすら無いんじゃないか、こいつ。


「悪かった?」

「まー……なんだっけ? 俺もつい勢いでお前を追い出しちゃったんだよ」


 わー、やっぱり大して覚えてなかった。

 そんなレベルの感覚で私を追放したと?


「……」


 私が何も言わずにいると、彼は唐突にがっしりと肩を掴んだ。


「それにしてもこのゴーレム、ノノアがやったんだろ? すごいな!」

「汚い手で触らないでくれませんか?」

「こんな凄い力があったなんて、どうして言ってくれなかったんだよ」


 おい聞け、この野郎。


 キラキラとした表情のアルスが私に迫る。


 大体、どうして言わなかったかだって?

 それは私を、戦力にならない聖女と決めつけて、ろくに前線に出さなかったからだよ。


「離して下さい」

「アルスさん、ノノアさんが困ってますよっ!」

「ああ、悪い悪い」

 

 ルカちゃんナイス。


 彼のアシストもあり、奴はようやく私から離れた。


「なるほど……」


 それから今度は品定めでもするみたいに、私とルカちゃんとミレットの三人をジロジロと見つめた。


「三人か……」

「三人だけど何か?」

「どうだ、ノノア。よければまた一緒に旅しないか?」

「は?」

「なんならルカとそっちのお嬢さんも一緒でいい」

「一緒『で』いい?」

「ああ!」


 いきいきとした表情を浮かべて、アルスはハッキリと頷いた。


「本当はお前には俺だけを見てて欲しいけど、どうしてもっていうなら、こいつら二人も一緒に面倒見てやるよ」

「…………」


「は? 何アイツ。一発殴ってや……」

「ミ、ミレットさん、落ち着いて。ここはノノアさんに任せましょう」


「さあ、ノノア!」


 アルスがさっと右手を差し出した。

 この手を取れば、私は再び彼の仲間となるだろう。


「ノノア!」


 ――だけど。


「嫌です」

「……ん?」

「だから、嫌って言ってるの」

「んんん?」


 差し出された手を丁寧にお返しして、私はにっこりと微笑んだ。


「邪龍討伐は、私がやるからご安心を。どうぞあなたは女の子達と楽しく遊んでいて?」

「なっ」


 アルスは絶句した。

 爽やかな勇者スマイルが引きつっている。


「ノノア……お前……それが何を意味するか分かってるんだな?」


 そう言ってするりと腰に手を当てる。


「あら嫌だ。それじゃまるで、腰にさした剣を使って、私を力でねじ伏せようと考えてるみたいじゃないですか」

「みたいじゃない」

「うーん、困りましたね。あ、でもそういえば」


 ポンと軽く手を叩き、私はにっこりアルスを見上げた。 


「あなたの大切な聖剣、お話に夢中になっている間に、盗賊ゴブリンがこっそり盗んでいきましたよ?」

「は? 何だって?」


 彼が腰元に視線を落とす。

 ぶら下げているはずの聖剣は、影も形も残っていなかった。


「よっぽどお疲れだったんですね? いつもは雑魚と侮るあなたが、その存在にも気付かないなんて」

「っ」

「あなたの聖剣が今どこにあるか知りたいですか?」

「……くっ、知りたい」


 まあそうだろう。

 過去の冒険で『レア武器の聖剣を手に入れた!』って散々はしゃいでいたもんね。


「だって。どうする? ルカちゃん」

「……え、僕?」

「だってやっぱりこういう時、頼りになるのは占い師でしょ?」

「あっ」


 ルカちゃんはそこで漸く気付いたように、目を大きく見開いた。

 全くこの子は。


「ルカ……」


 アルスがバツが悪そうにルカちゃんを見つめる。


「アルスさん……」

「……すまん、教えてくれ」


 ほんの少し間を置いてから、彼は観念したようにそう告げた。


「分かりました、では」

「ルカちゃん、ちょっと待った」

「!?」


 あっさりと教えてしまいそうな彼の口を、私は人差し指で軽く押さえた。


「な、なんだよ。ノノア……」

「へー……教えてくれ? 教えてくれですか、そうですか……」

「ちょっ……ちょっとノノアさん、僕は別に……」


 いやだって、この期に及んでその態度ってさ。

 自分がどんな仕打ちをされたか忘れた訳でもあるまいに。


「もう一度言ってもらおうかしら?」

「教えて……下さい」

「よろしい。ルカちゃん、どうぞ」

「はぁ、ノノアさんたら……」


 ルカちゃんは鏡を取り出し、さっと中を覗き込む。

 その間たった一秒。


「あそこから出て、二つ目の通路を右に曲がったその先で、盗賊ゴブリンがアイテムを隠している姿が見えます……」

「よし、あっちだな!」


 アルスはルカちゃんが指示する方へ体を反転させた。

 ちょっと離れた場所を見つめ、声をかける。


「俺はちょっと行ってくる! カトリーヌ、ちょっとここ一人で任せられるか?」

「ええ……大丈夫」

「頼んだぞ。ララ、一緒について来い!」

「おっけー分かったっ」


 シュタッと素早い動きで、ララはアルスのそばに駆け寄った。


「行くぞ」


 そう言って飛び出そうとしたその時、アルスは一瞬だけ足を止めた。私と少しだけ目があう。


「何か?」

「ノノア、お前の処遇は戻ったら考えてやる。覚えとけよ」

「あら、それは困りますね。さっさと退散しなきゃ」


 アルスが颯爽と聖剣を取り戻しにいく背中を見送って、私はのほほんと呟いた。


「何あれ、気持ち悪い男……」

「ミレットさん」


 彼が完全に見えなくなってから、ミレットは心底軽蔑するように呟いた。


「で、次はどうする?」

「どうするって?」

「自分で今言ったじゃない。退散するって」

「協力してくれるの?」

「少しだけよ。私もイラッとしたから」


 隣で不快そうに眉をひそめる彼女の表情に、何故か私はホッとした。


「ふふ…ありがとう。あ、でもちょっと待って」


 発動しそうだった魔法陣をひとまず止めてもらい、私はアルスが声をかけていった方を見つめる。


「その前に、あと一つだけやりたい事があるの」

「やりたい事……?」


 そこでは一つの人影が、少しだけ忙しそうに動いていた。

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