第10話 全然知らない男ですね

 

 ここは、とあるダンジョン。

 その最奥部で、勇者アルスの一行は最終ボスのゴーレムと激しい戦闘を繰り広げていた。


「くそっ、まさかここの敵が思いのほか強いやつだったなんて」


 彼は今、たった一人でゴーレムの前に立っている。

 後ろには、仲間の女性が五名。

 エミルとソフィアは負傷、アリスは魔力切れ、カトリーヌはそんな彼女達の回復で忙しく、ララはそのサポートに徹していた。


 とても彼を助けに行けるような状況では無かった。


「……残るは俺一人かよ」


 アルスは大きく舌打ちした。


 今まではこんなはずじゃなかったのに。

 彼の脳裏にそんな言葉がよぎる。


 今までだったらボスなんて、仲間との絶妙な連係プレイでいとも簡単に倒していたのに。

 どうしてだ、どうして上手くいかない。

 まるで掛け違えたボタンのように、各々が各々の足を引っ張って、全てを台無しにする。


「俺が何したっていうんだよ!」


 アルスは叫んだ。


 力任せにブンと振り回した剣は無情にも、ゴーレムのボディに弾かれる。

 がきんと鈍い音が響いた。しかも……。


「あっ」


 最悪な事に、剣の先がぽきりと折れてしまった。

 替えの武器なんてものはない。


「勇者様!」

「アルス!」

「勇者君!」

 

 仲間が悲痛に名前を呼ぶ中、反撃をするゴーレムの拳が彼の頭上に迫った。

 まさに絶体絶命。


「くっそおおおお!!!」


 もはや逃げ場はないと悟ったアルスは強く強く目を閉じた。


===

 

 

「ここ、どこ?」

「知らないわよ」


 石、石、石、石ばかり。

 私達がミレットの魔法陣に乗って辿り着いた先は、見たことも無い石造りのダンジョンの中だった。


「知らないって。自分の魔法なのに……」

「仕方ないでしょ!? 勝手に割り込んできたお馬鹿さんのせいで手元が狂ったの!」


 ミレットは腹立たしそうに私を睨みつけた。


「ああ、せっかく順調だったのに」

「順調? そうだった?」

「そうだったの!」

「えっと、あの、ノノアさん……」

「ん?」


 ちょんちょんと服の裾が弱々しく引かれる。

 見るとルカちゃんは口をパクパクとさせながら、何かを言い淀んでいた。


「どうしたの? ルカちゃん」


 彼に問いかける。

 するとルカちゃんは言葉の代わりに、私達の背後を指さした。


「え?」

「後ろ?」


 私とミレットは振り返ってそれを見上げた。


「……あら、これはこれは」

「は、何? ゴーレム?」


 超重量級モンスター、ゴーレム。

 高さは私達の約五倍、ずっしりとした重そうな図体、石で出来たゴーレムは堂々と背後に立ちそびえていた。

 その威圧感は足踏み一つで私達をペシャンコにしてしまいそうだ。


「ふーん、強そうね」

「ね」


 腕組みをしたミレットが品定めをするように言った。

 うん、それには私も素直に同意する。

 ゴーレムって、こんな感じなんだ。大きいね。


「つ、強そうって……。あの……悠長にそんな話してる場合じゃありませんよね……相手はまだこっちに気付いていないからいいものの……お二人とも、早く逃げま……」


 ルカちゃんが顔面蒼白になりながら、私達の手を引いた。


 逃げるねぇ……。


「ミレットさん、逃げた方がいいんじゃないですか?」

「聖女サマこそ、離れて祈りでも捧げてたら?」

「いえいえ、お嬢様こそ、その辺の隅でお茶でも飲んで……」

「だ、だからっ……そんな話してる場合じゃあ……うわ、こっちに気付い……た」

 

 背中を向けていたゴーレムの動きがぴたりと止まる。

 その体は片手を振り上げた姿のまま、ゆっくりぐるりとこちらを向いた。


「お……終わった……」

「……」

「……」


 ゴーレムが無機質な顔でこちらを見下ろす。


「誰か助けて……」


 ルカちゃんの祈りも虚しく、拳は力のままに振り下ろされようとしていた。けれど。


「神よ、私達をお守りください」

「人形よ、黙ってそこに跪きなさい」


 タイミングとしては、ほぼ同時。


「「……は?」」


 私達はお互いがお互いを見つめた。


「えっ? ノノアさん? ミレットさん?」


 一人ぽかんとするルカちゃん。


 その隣でゴーレムはゆっくりと跪いたかと思うと、バラバラと瓦礫のように崩れていった。


「……ちょっと、聖女サマ」

「あらあら、ミレットさんったら」

「どう見ても私の見せ場でしょ。せっかく新しいお人形が手に入ると思ったのに、勝手にチート能力使わないでくれる?」

「見せ場? 知りませんね。ただ私はご要望どおり神に祈りを捧げただけですが」

「……え? え?」


 きょろきょろとするルカちゃんの肩を、私は落ち着けるようにそっと叩いた。


「大丈夫だよ、ルカちゃん。怖いモンスターはもういない。いるのはちょっと危ない人だけ」

「それ、自分の事言ってるの?」

「ふふ、まさか」


「え、ええっと……」


 間に挟まれたルカちゃん。どうしたらいいか困っているのは明白だ。けれど、その緊張感にももう限界が訪れてしまったのだろう。


「とりあえず助かったんですよね……」


 そう言って糸が切れたように、へたへたとその場に座り込んだのだった。


「……」

「……」


 さて、そうすると気まずいのは私達。


「……どうする?」

「そうですね……」


 ルカちゃんをちらりと見る。


「……じゃあ、ちょっと休憩で。ちょうどいい椅子もあるし」

「どれの事を言ってるの?」

「あれですかね」


 ゴーレムの崩れた体に視線を移す。

 ごろごろと石が積み上がっていた。


「あれって」

「ああなれば所詮その辺と石と変わらないでしょう?」

「……凄い度胸ね」

「それほどでも」

「別に褒めてないわよ」


 褒めてないのか。


 まあとはいえ、何と言われても座ることには変わりない。


「さてと」


 私は最初に目に付いた手ごろな岩を、軽く表面を手で払った。


「これでよし!」


 そう言って腰を下ろそうとした、その時だった。


「その声はもしかして、ノノアか?」


 パリッとした爽やかな男の声が私の名を呼んだ。


 背筋に走る嫌な予感。


 駄目だ、絶対振り返らないでおこう。

 私は固く決意した。


 けれど数秒もしないうちにその決意は無効化される。


「えっ、今の声ってもしかして」


 何かに気付いたのかルカちゃんが顔を上げたのだ。


 駄目だよ、こういうのは目を合わせちゃ駄目だって!


 しかし何度念じてもそれは心の中。ルカちゃん本人に通じるわけがない。


「アルスさんじゃないですか?」


 そうだね、ピンポン大正解。

 ルカちゃんは悪意や駆け引きなど一ミリも無しに、その男の名を呼んだ。


「お、その声はルカ!」


 あーあ……気付かれちゃった。


「よー、こんな場所で会うなんてな」

「お久しぶりです」


 違うよルカちゃん。

 君の場合ここは、一思いに顔面パンチ入れるところだよ。


 ざかざかと地面を踏みしめる音は、ぴたりと私の背後で止まった。


「よーノノア、久しぶりだな」

「……どちら様でしょう。全然知らない人ですね」

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