第9話 転生した悪役令嬢はチートで手軽に愛されたい〜聖女を名乗る女が邪魔する件!!〜

 

 ぺしぺしと少女の頬が叩かれる。


「あ、あのー……大丈夫ですか?」


 ルカちゃんが不安そうに少女の顔を覗き込んだ。

 その控え目な囁きに、高そうなドレスで着飾った少女は、ぴくりと体を動かした。


「う、ううん……あれ、私は?」

「ああよかった、生きてました」


 ホッと一息胸を撫で下ろすルカちゃん。


 ああ残念、生きてたか。


 冷静に判断する私の横で、一緒にいるのも恐れ多いくらいの清らかな心の持ち主は、優しく彼女に現状を説明した。


「気を失ってたんですよ」

「そうだったのね……」


 目覚めたばかりだったからだろう。

 自分の身に何が起こったのか朧げな少女は、ふんわりとした雰囲気でゆっくりと辺りを見回す。


「それはありが……ひゃっ!」


 ミレットは突如、まるで化物でも見たような声をあげた。


「だ、大丈夫ですか?」

「で、出たわね。残虐女!」


 彼女の怯えたような視線は、真っ直ぐ私を捉えていた。


「失礼ですね、聖女ですよ」


 私はにこりと微笑んだ。


「……っどこの聖女に隕石降らせる馬鹿いるのよ」

「ここに」

「馬鹿じゃないの!?」


 今にも噛みつきそうな勢いでミレットは私を睨みつけた。それからゆっくりと自分の体に視線を落とす。


「全く死ぬかと思ったわ……まあ死んでないけど」


 自分に傷一つ付いてないことを確認したミレットは、面白く無さげに呟いた。


「もう、聖女が人を殺すわけないじゃないですか」

「……こいつ」


 何かを言いたげな目。


 でも実際、本当に傷は付けてはいない。

 空から降ってきた隕石。

 あれはギリギリ彼女に衝突する直前で、運良く消失したのだから。奇跡的に。

 後はご覧の通り、勝手に彼女が気絶していただけ。


「何か文句でも?」

「……別に」


 プライドの高そうなお嬢さんは、忌々しそうにふいと視線をそらした。


「……せっかく悪役令嬢に転生して、自分に都合のいい世界を作ろうと思ったのに、これじゃ話が違うじゃない」

「悪役令嬢?」


 そういえば気絶する前も言ってたけど、それって一体何だろう。『悪役』も『令嬢』も単語としては知ってるけど、『悪役令嬢』は初耳だ。


「ルカちゃんは知ってる?」

「いえ、聞いたこと無いですね……」


 ルカちゃんは首を横に振った。


「はっ、でしょうね」


 髪をぱさりと手で払うと、ミレットは力強く言い放った。


「私はね、この世界とは違う世界から来たの」

「違う世界?」

「そうよ、違う世界。車にひかれて一回死んで、この世界に転生してきたの。それで悪役令嬢になって、もう一度人生やり直そうとしたら、両親は流行り病で死んじゃうわ、婚約者だったはずの男は既に別の女とくっついているわでもう最悪」


 ペラペラと湯水のように溢れる言葉。

 何を言っているかは、ほとんど分からなかった。

 第一、違う世界って何?


「ルカちゃん……」


 仕方なくルカちゃんに助けを求める視線を送ってみる。


「駄目です。全然分かりません」


 ルカちゃんもやっぱり首を横に振った。

 二人とも分からないんじゃ仕方ないな。


「ルカちゃんちょっと」

「はい?」


 小声でヒソヒソ。


「じゃあここは、彼女はさっきの衝撃で一時的に脳に異常をきたしたって事にして、適当に話を合わせておかない?」

「そうですね……」

「なーに人を病人扱いにしてるのよ! 私は正常だから!」

「わっ」


 うわ、全部聞こえてた。

 というか強引に割り込んできた。


「ま、まあまあ、落ち着いて」

「落ち着いてるっての!」

「いやでも、かなり口調が」


 その態度は出会った時の彼女とは180度違う。

 森の富豪のお嬢様はどこ行った。


「あんなもん、役になりきったに決まってるでしょ。素はこっち」

「えぇ……」

「はいはい、ガッカリのリアクションはどうでもいい。で、聖女サマ。私はこれからどうなるの? 処刑でもする? 断罪イベント発生ですか?」


 わーまた変なこと言ってる。

 断罪イベントって何ぃ……。


「とっ、とりあえず、処刑ならしないけど……?」

「しないぃ!?」

「わわっ」


 ミレットは鋭い目つきで私を睨んだ。

 何? 今度はどこが彼女の琴線に触れたの!?


「ふーん、しないの、そっ」


 かと思えば急に大人しくなった。


「しないならいいの」

「そっ、そうですかー……」


 なーんで私の方が敬語になってるんだろ。

 もう関わるの嫌だな。黙ってようかな。


「あの、処刑はしません。でもその代わり……」


 今度は私に変わってルカちゃんが話を進めた。

 ごめんね、ルカちゃん。後は頼んだ!


「何?」

「奪ったお金を返していただけませんか? 僕達はそれだけで十分なので」

「…………」

「あ、あの……ミレットさん?」

「………………」

「もしもーし……」

「………………………」


 あれ、どうしたんだろう。

 ミレットが急に静かになった。


 というか、ルカちゃんを凝視してる?


「ルカさん、あなた」

「は、はいっ」

「もしかして……男?」

「えっ」


 ああそうか。さっき、ルカちゃん『僕』って言ったから。


「男なのね?」

「えっ、えっとー」


 まずいな。

 この人、ルカちゃんを可愛い女の子だと思ってたから。あれだけご執心だったのに、男だと分かったら今度はまた別の意味で暴走するかも……。なんとか上手い事ごまかさなきゃ。


「はいはーい、失礼。ルカちゃんは一人称が『僕』の女の子で……」

「ちょっとどいて」

「えっ?」


 私を退けるミレット。


「んっ?」


 ルカちゃんに近づくと……

 彼女は唐突に……


 彼のスカートを…………めくり上げた!?


「わーーーーーーっ!!!!!」

「な、な、な、な」


 なんてことを。


「ああ、やっぱり男だったのね」


 悪びれも無く淡々と、彼女はあっさりそう告げた。


 もう一度言おう。なんてことを。



「ル、ルカちゃん!」

「は、はいっ」

「私の祈りが不十分で加護しきれなかったみたい。申し訳ない! そんなわけで、ちょっと物理で解決します!」


 杖をスッと構えた。


「だ、駄目です、殴っちゃ!」

「いやでも!」


 この人、どう処理すればいい?

 こっちが下手に出ていれば、とんでもない事するんだけど!


「せっかくお金さえ返せば、見逃してあげようと思ったのに」

「その慈悲はもういらないわ」

「えっ」


 パシュッ


 光の陣が床に現れたかと思うと、一瞬の隙にミレットは、ルカちゃんと一緒に別の場所に立っていた。


「えっ、何。どういうこと?」

「ノ、ノノアさん……」

「!」


 首元にナイフを突きつけられ、身動きが取れないルカちゃん。

 

「人質を取るなんて卑怯じゃない!」

「人質? 違うわね。強制的にお持ち帰りするだけ」


 お、お持ち帰り!?


「ちょっと待ってよ。ミレットさんあなた、可愛い女の子の人形が欲しかったんでしょ? ルカちゃんは男。女の子じゃないって!」

「分かってるわよ。いいじゃない、男の娘」


 ん? 何? おとこのこ?


「まさかこの世界にそんなものまで実在するなんてね。いい? 男の子なのに女の子、一粒で二度美味しいとはこのことよ! 彼は世界が生んだ傑作! 私は意地でもこの子をお持ち帰りする! 一生大切に愛でる!」

「へ、変態!」

「うるさい!」


 やっぱりこの人なんとかしなきゃ駄目だ。

 私はじっと彼女を睨み付けた。


「……」

「ふふ、無駄よ。こういう展開の場合、大体なんとしようとするポーズを取るだけで、実際には動けないのがセオリー」


 一歩。


「……」

「悔しがってハンカチの裾でも噛んでなさい」


 二歩、三歩。


「諦めて指を咥えて見ているモブキャラにでもなるといいわ、って…………待って、何? は? どうしてあなた動けるの?」


 そりゃあ助けるために決まってるだろう。


 彼女の意味不明な御託は無視して、私はずんずんと相手に向かって近づいていった。


「おかしいおかしい! こんな展開、普通じゃない! ちょっと移動魔法、早く発動して! え? 重量オーバーで転送に時間がかかる? それどころじゃないんだってば!」

「よいしょっと」


 私は何食わぬ顔でミレット達が乗る魔法陣の上に足を乗せた。


「馬鹿! 降りなさいよ」

「え、嫌」

「嫌って」

「だって、降りたら二人でどっか行っちゃうんでしょ? 移動するなら三人にしましょ? ね、ミレットさん」

「っ~……なんなのこの落ち着きっぷり! 驚いてよ!? 移動魔法よ!? この世界では存在しえないはずの貴重な魔法よ!?」

「いいなあ。ちょうど私達、手ごろな移動手段を探してたの」

「そうじゃなーーーーい!」


 彼女の叫びも虚しく、三人を乗せて魔法陣は強く光を放ったのだった。

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