第8話 いっそ君が聖女になってくれ

 

 さて今回、馬車購入のために始めた占いの館。

 実は予想よりも、お金の集まりが早かった。


 理由は簡単。

 三人の上客が付いたおかげだ。



 まず一人目。

 村長の息子アルゴン。


「このままうちの村でオラに嫁いでくれると嬉しいべ」


 彼は初日からのファンで、ルカちゃんファンクラブを立ち上げ、他のファンの統制も行っているとか。

 その企画力と圧倒的統率力は目を見張るものがある。



 続いて二人目。

 放浪のバトルマスターギーゼル。


「勝者はただ、黙って見守るのみ……」


 彼は各地を転々とする武道会の覇者で、あちこちの大会で優勝しては賞金をかっさらう強者らしい。

 この村に立ち寄ったのも近くで大会があるかららしいが、ここでルカちゃんに会ったが最後。運命の女性に会ったと言わんばかりに、毎日ルカちゃんの元に通っている。大会はどうした。

 でもおかげで、彼が来てからというもの争いはまず起こらない。



 そして最後。

 森の富豪ミレット。


「今日も占ってくださいませ」


 彼女はいわゆるお金持ちのお嬢さん。

 若くして両親を亡くし、今は数人の執事さんと森の奥にあるお屋敷で暮らしているとのことで、お金はそれこそ腐るほどあると噂されている。

 現に彼女のご利用額が、このメンバーの中で一番多い。



「ねえ、ルカちゃん」

「なんです?」

「どうせならお嬢様と一晩共にして、馬車を貰うとかど……」

「見損ないますよ?」

「じょ、冗談だよ。でも困ったね」


 もう一度金庫の中を覗く。

 やはり何度見ても中はからっぽ、お札は一枚も落ちていなかった。


「占いの方はどう?」

「駄目ですね。さっきから試しているんですが、対象が曖昧過ぎて上手くいきません」

「んー……」

「一体どうすればこんなことが」


 占い終えたルカちゃんが難しい顔で首を捻る。

 もちろん私にも分からない。


 ルカちゃんには加護を与えている。


 つまりこのお金の消失は、お金を失ってもルカちゃんが不幸にならない事態だということ。


「ルカちゃんが不幸にならない方法か……」

「ノノアさん、何ぶつぶつ言ってるんですか?」

「え? ああ、ちょっとね」


 慌てて視線を持ち上げると、不思議そうにルカちゃんが眉をひそめていた。


「あの、仮にだけどさ」

「はい?」

「もし仮にルカちゃんが、私よりも先にアルゴンさんやギーゼルさん、ミレットさんと出会った場合」

「彼らと先に出会った場合……」

「その人達から『仲間になってくれ』って言われたら、その誘いに乗ると思う?」

「誘いにですか? うーん……」


 腕を組んで悩み始めるルカちゃん。

 その様子を私は黙って見守った。


 お金を失っても困らないってことは、これ以上旅が続けられなくても、それをカバー出来る要素があるということ。

 それこそ権力者やお金持ちに拾われるような。


「まあ……場合によっては乗るかもしれませんね。結婚はしないですけど」


 お、これは。


「三人とも接した限り、決して悪い人達じゃありませんでしたから」

「なるほどね」


 ルカちゃん自身、彼らを認めている。


 この線は濃厚かもしれない。

 お金を失っても、それをカバーする相手が現れるから問題なし。そんな風に判断されたのかも。

 我ながら加護の判定ガバガバだなあ。


「何が『なるほど』なんですか?」

「ううん、何でもない」


 最悪、ルカちゃんとはここでお別れかな。

 そんな風に思っていた矢先だった。


「あ、でも」

「?」


 なんてことなくいつもの会話を続けるような口調でルカちゃんは言葉を続けた。


「今のはあくまで仮の話。実際に先に出会ったのはノノアさんですし、そんな話はあり得ませんけどね」


 …………なるほど。


「ノノアさん?」

「はいっ!」

「聞いてました?」

「…………うっ、うん……もちろん! そう、そうだよね、それでこそルカちゃんだ! うんうん……」


 前言撤回。

 駄目だ、駄目駄目。

 この良心を失うわけにはいかないな、絶対。


 いっそ、君が聖女になって欲しい。切実に。


===


 そして次の日。


 その日も占いは大人気。

 オープン前だというのに、お店には例の三人の上客さんを含め、ずらりと行列が出来ていた。


「すいません、こちらで二列にお並びください」


 お客さんを丁寧に誘導するルカちゃん。


 さてと、そろそろいいかな。


「あっ、そうだルカちゃん。ちょっといいー?」


 私は彼に向かって極力大きな声で話しかけた。


「どうしましたー?」

「今晩、村はずれの丘で祈りを捧げに行きたいんだけどいいかなー?」

「いいですよー。夜道は暗いですから気をつけて行ってきて下さいね」

「うん、大丈夫ー!」


 以上、今晩の予定についての会話おしまい。

 いやー久々に声を張っちゃったな。

 でもこれでひとまず、この場にいる全員に、私の今夜の情報は伝わったはず。


 あとは出方を待つだけだ。




「じゃあ行ってくるね」


 あっという間に夜がやって来る。

 ルカちゃんに一言告げた私は、早速村はずれの丘へと向かった。

 丘までの道は単純な一本道。

 月明かりのおかげで、特に不安は無かった。


「よし、到着」


 丘の中央で立ち止まり、眼下に広がる村を見下ろす。

 村の入り口にはポツンと私達の建てたテントが見えた。


「では、祈りますか」


 胸の前で両手を組み、静かに目を閉じる。

 風がそよそよと頬を撫でた。


 何も起こらない平和な時間。

 それならそれで終わってくれてもいいけれど。


「……」


 かさり。

 草木が不規則に揺れる。

 かさり。かさり。

 それはまるで複数の人間が私の周りを徘徊する音。


 複数と聞いて頭に思い描くのは、村長の息子アルゴン。

 彼ならばファンクラブも含めて、自由に数の力を使える。

 私を消すにはうってつけ……だけど!


 ガキンッ


 杖に鋭い衝撃が当たる。


「ちっ」


 短い舌打ちの後、すぐさまそれは離脱した。

 この斬撃は素人が見よう見まねでくり出せるものではない。それは明らかにプロの技。例えばそう、バトルマスターのような……。


「目論見が外れて残念ね。私のことを亡き者にして、一人残された無一文のルカちゃんを手に入れようとしたんでしょうけど、そうはいかない。諦めなさい!」


 そう告げて相手の顔を拝んでやろうと、私は素早く振り返った。


 相手は誰だ。

 アルゴンか? ギーゼルか?


「あらあら困るわね」

「!?」

「見た目穏やかな聖女さんが、そんなもの振り回してちゃ、キャラクターとして失敗作よ?」

「ミレット……さん?」


 そこに立っていたのは、森に住む富豪のミレットだった。


「ええそう。間違いなく私はミレット」

「どっ、どういう事?」


 どう見ても彼女は一人。

 上品な笑みを浮かべている。

 いかにもお嬢様という風貌は、剣を取って戦うようには見えなかった。


「ああ、これのことかしら?」


 そう言って彼女はパチンと軽く指を鳴らした。

 すると、何もない空間から虚ろな目をした二人の青年が現れる。

 彼らは彼女とよく一緒にいる執事だった。


「いいでしょう? 私の可愛いお人形なの」

「お人、形……?」


 それにしては、妙に人間らしい見た目をしている。


「もちろん本物の人間だけど」


 『ちょっと思考を奪ってるだけ』彼女は小さく付け加えた。


「……」

「でもね、最近少し飽きてしまったの……そうしたらほら、ちょうど可愛い女の子が占いなんてやってるじゃない?」

「……それでルカちゃんを?」

「ええ。新しいお人形にどうかなって」


 一切の悪意も無くにこりと微笑むミレット。

 これは、なんというかもう……。


「よし決めた」

「え?」

「天罰をお願いしまーす、神様」

「は?」


 こつんこつん。


 私は地面に向けて二回杖を叩く。

 するとそこに、彼女達を取り囲む広範囲の魔法陣が浮かび上がった。


「ちょ、な、何? 動けないんだけど!」


 当然だ。

 彼女達の立っている地面は偶然にも、呪いの魔溜まりが出来ていて、目に見えない呪いが彼女達の足を絡めとっているから。


 そして空からは。


「……え、何の音?」


 空から伝う轟音。

 彼女が見上げる頭上には、隕石が流星のごとくこちらへと向かっていた。


「今日は満月だったので、月の力をお借りしました」

「ちょ、やだ。やめなさいよ! やーめーてーーーー!」


 叫ぶミレット。

 しかし隕石のスピードは止まらない。


「ねえ、これじゃ単なる悪役令嬢じゃないのー! やだーせっかく転生して、上手いこと悠々自適な生活狙ってたのにー!」


 悪役令嬢? 転生?

 何言ってるんだろう、この人は。


 とりあえずまあ、ミレットは隕石に飲み込まれ消滅しましたとさ。ちゃんちゃん。

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