第7話 THE徒歩で移動は辛いぞ問題

 

「で、問題になるのが移動手段なわけですよね」


 パーカスの街を出てしばらく歩いているうちに、私達は重大な問題に突き当たっていた。

 【THE徒歩で移動は辛いぞ問題】である。


「アルスさん達と行動していた時は、馬車が使えましたけど……」

「今の私達にはちょっとね」


 ご存じ私達はパーティを外された身。

 当然、馬車なんて高価な物、持っているはずがなかった。


「だからって、かっこよく旅立った手前、今更パーカスの街に戻って『馬車貸してください』は言えないしね」

「言えませんね……ちなみに、ノノアさんはアルスさん達と別れた後、どうやってあの街まで移動を?」

「うーん。気合かな?」

「気合かあ」


 ルカちゃんはそう呟くと、見るからに遠い目をしていた。


 でもこれは嘘ではない。

 事実、私は奴よりも先に邪龍ノヴァを倒してやろうという事しか考えていなかったのだ。それゆえに疲労は全てノーカウント。気合のみで移動をしていた。


 もちろん今はルカちゃんがいるから、そんな無茶をするつもりはないけど。


「……仕方ない。稼ごっか」

「稼ぐ? どうやって?」


 ルカちゃんの問いに対し、私はじいっと彼を見つめた。


「えっ……僕?」


===


 とある村の入り口にて。


「ねえお母さん、あれなーに?」

「あら何かしら。【占い師ルカの館】ですって」

「お母さん、私あれやってみたいー!」

「じゃあちょっとだけね?」


===

 

 ふわりとテントの入り口が開く。

 入って来たのは可愛らしいお嬢さんとその母親らしき人物だった。


「いらっしゃいませ」

「すいません、表の看板を見てきたんですけど」

「占いですね。どうぞ」


 さっと二人を案内する。

 二人は案内されるがまま、美しい少女の……いや、ルカちゃんの前に座った。


「今日はどのようなことを占いましょう?」

「ええっとね、私の大切にしてたクマちゃんが昨日からずっと見つからないの。お家の中いっぱい探したのに」


 今にも泣き出しそうな声で悲痛に語る少女。

 隣に座っていた母親が優しく頭を撫でた。


「なるほど。クマちゃんが見つかればいいのですね」


 ルカちゃん、よろしく!


 私は目で合図を送った。


「それでは占ってみますね」


 ルカちゃんは頷くと、そう言って机に置かれた鏡に手をかざした。

 すると鏡からぽうっと白い光が現れる。


「赤い屋根の家が見えます。その前にマーブル模様の犬……口に何かくわえてます。ピンクのクマのお人形……」

「ベンジャミンだ!」


 少女は勢いよく立ちあがった。


「お母さん、ベンジャミンだ! ベンジャミンが悪戯して持ってっちゃったんだ!」

「あらあら、それは大変ね」

「早く帰ろ! クマちゃんがベンジャミンに食べられちゃう!」

「はいはい、分かったわ。ありがとう、占い師さん。お代はこれで」


 そう言うと母親は小銭をそっと机の上に置いた。


「ありがとう、可愛いお姉ちゃんっ!」


 元気に手を振る少女の姿を私達は笑顔で見送った。


「成功」

「成功ですね。でもこんなちまちま稼いでちゃ、馬車代には到底辿り着かないのでは」

「大丈夫」

「?」

「さっきの親子に祝福の祈りを捧げたから。幸せが幸せを呼んで、お客さんがじゃんじゃん増えるよ」

「ほ、本当ですか?」


 私は無言でにこりと微笑んだ。


「本当にたくさん来る!!」


 さて、そこからは忙しさの連続だった。

 一人の少女のお悩み解決から、噂は瞬く間に村中に広がり、私も俺もと沢山の人が店に訪れ始めたのだ。

 おかげで占いの館は【可愛い占い師のいるお店】として一躍大ブーム、今日一日だけでも実に五十人のお客さんがやって来たのである。


「……ふう。これで今日のお客さん終了っと」

「稼ぐって、やっぱりこういう事だったんですね」

「まあね」


 占いでお金を稼ぐ。

 それが私がルカちゃんに提案したプランだった。


「ルカちゃんならそのノウハウがあるかなって」


 アルス一行として最初に出会った時も、ルカちゃんは占いをしながら生計を立てていた。彼の手腕は確かなもので、その時でさえ行列が出来ていた。

 ちなみにその能力(と恐らく容姿)に見惚れてパーティへとスカウトしたのがアルスだった。


「ありますよ。でも……」


 気まずそうにルカちゃんがテント隙間から外を見つめた。

 私も一緒にそれを見つめる。


「あれね」


 外にはテントを怪しげに見守る男達。


「どうしてもああいった類の人達が出来てしまって」


 彼を女性と勘違いしてしまうのか、ルカちゃんが占いをすると必ずと言っていいほど生まれてしまう熱烈なファン。

 今日だけでも恐らくニ、三人のファンが出来上がっていたようだ。


「まあ、その格好と声だしね」


 服はドロワー家から貰った可愛い服。

 声は魔法で変声した可愛らしい女性の声。

 これで男だと言い張る方が難しいだろう。


「だからって、男の姿にってワケにはいかないんだよね」

「……ですね」


 どうやらルカちゃんは、男になったらなったで危ない女性のファンに付き纏われるらしく、それならばとこっちの姿を選んでいるのだそう。本人曰く、おかげで若干女性恐怖症のきらいまであるとか。

 まあそれなのによく、女性だらけのアルスのパーティに在籍出来たと褒めてあげたい。


「んじゃま、その辺に関しては私が対処するってことで」

「暴力で解決はちょっと……」

「え?」

「えっ」


 キョトンとした顔でルカちゃんが私を見つめる。

 もしかしなくても、私は聖なる杖で相手を殴り倒すゴリラか何かだと思われている?


「……しませんよ? 聖女ですから」

「本当に?」

「本当に」


 これじゃどっちが聖女だか分かったもんじゃないな。

 それもこれも『何かあったら殴って解決しろ』って教育した師匠のせいだと言いたい。



 そして次の日……。


「えー、占い師ルカとの記念撮影は一回1000ゴールドとなっております。更に占いを十回ご利用したお客様には握手券をプレゼントー」

「なっっっっにやってるんですか!?」

「何って……新しいサービスの提供?」


 ルカちゃんにファンがいると確信した私は、早速メニューを新調した。

 題して、触れ合えるアイドル占い師!


「昨日、あんなにしっかり『対処する』って言ったじゃないですか! これじゃどう見ても逆効果っ……」

「まあまあ」


 激しく肩を揺さぶるルカちゃんの手をポンポンと叩いて落ち着かせる。それから私は、彼に向かってそっと耳打ちをした。


「得体の知れない相手だから怖いだけであって、相手の正体さえはっきりすれば怖くないって、ね?」

「で、すかね」

「そうそう。大丈夫だって、私が祈りを捧げるよ。ルカちゃんに神のご加護がありますようにっと、よし大丈夫!」

「ざ、雑……」

「はい、行ってらっしゃい」

 

 私は落胆したようなルカちゃんの背中を、ポンと叩いて送り出したのだった。


 まあ実際嘘はついていない。


 聖女の祈りは超強力。

 私が近くにいる限り、ルカちゃんの不運は帳消しになる。


 だからもし、ルカちゃんに悪意を働こうとするファンがいると……。


「ぎゃっ、なんだ!? 犬が急に襲ってきたぞ!!」


 このように、何かしらの不幸で強制排除されるのだ。


「ばっちりばっちり」


 そんなこんなで商売はトントン拍子に上手くいき、この村だけでなく隣村、隣街までその評判は大きく知れ渡っていった。


「本当にこんなお金の稼ぎ方でいいんでしょうか?」

「いいのいいの。うーん、そろそろデート券も開放する頃合いかな?」

「絶対にやめて下さいね!? 馬車代だってもうすぐ溜まりますし」

「んーそうだね」


 そんなやり取りをしながら、今日も売り上げをしまうべく、私は金庫の扉を開けた。けれど。


「……無い」


 思わず自分の目を疑った。


「え? 無いって何がですか」

「金庫に入れてた現金が、全部消えてなくなってる」

「…………えっ、ええっ!?」

「まずいね、これ」


 すっからかんの金庫を呆然と眺めながら、これが夢であることを、私は強く願った。

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