第6話 非正規ルート? 上等ですよ。
あれから数日後。
私たちは壊れた屋敷の復興作業を遠目で眺めながら、今回の結末について語り合っていた。
「って訳で、あの杖は呪われていて、ルカちゃんの血を吸った為に呪いが発動。周囲にいた敵は全員死亡。ルカちゃんと私は運よく脱出しましたとさ。めでたしめでたし」
「納得できないんですけど。僕の不運力をどう説明するんですか?」
「不運力って」
そんな新種の力みたいに言われても。
困って苦笑いを浮かべる私を、ルカちゃんは真剣に見つめた。
うーん、なんと答えればいいものか。
「それを逆手にとって、魔物にぶつけた……みたいな?」
「逆手にとる? そんな事が出来るんですか」
「いや、私はルカちゃんに加護があるように祈っただけなんだけど……ルカちゃんが守られるということは必然的にその周りが不幸になるってこと同じというか。前にあったでしょ、二人で森を探索して魔物に襲われかけたこと」
「あ、ありました! でもあれって、ノノアさんが魔法を使ったんじゃなくて……?」
「ううん、今回と同じ。ルカちゃんの不運を利用させてもらいました」
「そ、そんな方法で」
ルカちゃんはがくりと膝を折った。
驚くだろう、まさか自分が元凶だったと知ったんだから。
「だから、私とルカちゃんがいれば最強かなって」
邪龍でもなんでも、私の祈りでルカちゃんを守りつつ、その不運をぶつければいい。
私は安易にそう考えていたのだ。
「あ、もちろん占いも必要だと思ってたよ?」
「占い『も』ですか」
「ははは……」
じとりと見上げる可愛らしい顔立ちに、私は苦笑いを浮かべた。
そんな私達に割って入る声が一つ。
「お二人とも、ちょっとよろしいでしょうか?」
「ん?」
振り返るとそこには綺麗に身なりを整えた少女が一人立っていた。ぺこりと上品に頭を下げ、私達の方へ歩み寄って来る。
「クレハちゃん」
それは今回、一家を魔物に乗っ取られていたバロワー家の一人娘クレハちゃんだった。
彼女もまた屋敷を破壊される前に両親共々脱出していたのである。
「お父様がお話があると」
「あら、さてはこの屋敷をめちゃくちゃにしちゃった件かな?」
「笑いごとですか」
やれやれとルカちゃんがため息をついた。
「ええ、そうかもしれませんね」
そう言ってクレハちゃんはクスリと笑った。
===
「今回はお二人に助けていただいて、本当に感謝しております。あらためて何とお礼を申し上げたらよいことやら」
「いえ、そんな僕たちは当然のことをしたまでで……」
「頭をお上げください、お二人とも」
彼らに会うのはこれで三度目。
一度目は救出したとき。
二度目は魔物を倒した後。
どちらも脱出や事後処理に追われていて落ち着いて話が出来なかったので、今回が一番ゆっくり話せる状況と言える。
「おかげさまで街も今度こそ正常な状態になりそうです」
彼の話によると、裏の奴隷街は全て廃止。表で裏の事情を知っていたのに隠ぺいしていた貴族たちも、まとめて検挙されるのだそうだ。
「これでもう二度とこんな悲劇が起こることはないでしょう」
「そうですか、それは喜ばしいことですね」
勇者アルスの中途半端な仕事も、こうして無事に解決出来たというわけだ。
私にも勇者を名乗れそうな気がする。
「それで、お礼と言ってはなんですけど……」
「?」
===
「で、まさかこんなものを貰うとはねぇ」
「それってそんなに凄い物なんですか?」
「……たぶん、聖なる衣ってやつ」
「聖なる衣?」
私はちらりと袖から見える白い服を覗いた。
それは暑すぎずも寒すぎずも無く、派手でも地味でもない服だった。
不思議なことに、本人の意思で形状を変えられるらしく、今はこうしてインナーとして私の服の一部になっている。
「普段は手に入らない伝説級のアイテムだね」
「でっ……」
「『自分達は使わないから』ってまさか譲られるとは思わなかったよ」
元々、貿易に特化したバロワー家。
商売でたまたま手に入れたそのアイテムを、ずっと秘蔵で持っていたんだとか。
「うーん、僕たちがこんな凄い物持ってていいんでしょうか。それこそ勇者さんがボスを倒すために装備する者のなのでは……」
「それはまあ」
ルカちゃんの言う通り、本来だったら今頃これは、勇者アルスの手にあるはずだ。本来だったら。
「でもま、途中で投げ出したんだから仕方ないよね」
奴は途中で投げ出した。
仲間も、街の人も捨てて。自分の身を優先したんだ。
だからこの結末は、自業自得なのだ。
「ところでルカちゃん、邪龍に向けての最適なルート、占いで出したんでしょ?」
「出すには出しましたけど……いいんですか、このルート、正規の道を通らない上に、かなりイレギュラーな方向を示してますよ?」
そう言ってルカちゃんは、占いに使う鏡を取り出すと、何もない空間に光でふわりと地図のような物を描いた。
確かにその方角は、私達が進んでいた方角とは大きく外れている。
「んー? いいよいいよ、どうせ同じルート辿ったら後追いになっちゃうし、勇者より先に邪龍倒せないから」
「うわ、まだ言ってる」
「だって本気だし」
「……」
ルカちゃんは沈黙してしまった。
こうして二人並んでいると、可愛い二人組の少女がお散歩しているようにしか見えない。
「その服似合ってるよ」
「え? ああ、ありがとうございます」
風にスカートの裾がふわりとなびく。
バロワー家で聖なる衣を貰ったついでに、ルカちゃんも奴隷服を捨て、可愛い女性物の服を貰っていたのだ。
だから今の彼は、正真正銘どこからどう見ても可愛い女の子。
「やっぱりルカちゃんはその姿じゃないとね。じゃないと、どうしても男の人って感じがしてさ」
そう言うとルカちゃんは呆れたように溜息をついて、私のことを一瞥した。
「男ですけどね。なんならノノアさんより年上ですけどね?」
「うん、知ってる」
「普通は変って言うものですよ。正体を知ったら一緒に旅しようなんて思わない」
それはアルスとの話をしているのだろうか。
彼に自分が男だとバレて置き去りにされてしまったことを。
「別にいいと思うけどなぁ」
「……」
「たぶんどんな格好をしていても、ルカちゃんはルカちゃんでしょ」
「……そうですよ」
「じゃあ別にいいよ」
「変な人」
「うん、知ってる」
そんな雑談を交わしながら、私達は次の旅路へと向かった。
街の入り口では、賑やかに勇者アルスの銅像が解体されているところだった。
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