第5話 聖女の杖は鈍器である

 

 バタバタと無我夢中で廊下を走る。

 クレハちゃん達にあらかじめ屋敷内部の構造は教えて貰っていたけれど、頭の中で思い描くのと実際に動き回るのじゃ話は別だ。


 死ぬほど疲れる。

 

「ねえ、何ですか壊すって?」

「……」

「ちょっと聞いてますか?」

「…………」

「分かってるんですか、僕たちの立場!」

「………………」

「ノノアさんっ!」

「ル、ルカちゃん…………ストップ……」


 やっとのことで声を出し、私は浅く息をしながらルカちゃんの方を見た。

 汗もあまりかいてない、まだ全然走れそうだ。

 体力あるな、羨ましい。


 私はひょろひょろとした手つきで扉を指差した。


「え、ここ?」


 辿り着いた先の扉を見つめる。


「ここで……全て分かるから…………ね?」


 そこは魔物の親玉が滞在する部屋だった。


「じゃあ後ろのコレもなんとかなるんですね?」

「た、たぶん」


 ルカちゃんは恐る恐る振り向いた。

 私も合わせて後ろを向く。

 そこには……。


「侵入者め、覚悟しろよ」

「ひひひ、どうやって来たかは知らねえが、命は無いものと思え」


 複数の魔物が私達を取り囲んでいた。


「いやーもう、ルカちゃんったら行く先行く先で魔物に出くわすんだから、本当、持ってるよね」

「余計なお世話です!」


 ルカちゃんは半泣きになりながら答えた。


「どっちみちこうなりゃボス戦しかないんだから、ほら行こう!」

「勘っ弁してくださいよ、本当に!」


 嫌がる彼の手を引いて、私は部屋の扉を開けた。


===


「お前達は……何者だ?」


 入ってすぐに感じる圧倒的な威圧感。

 予定通り本家本元、バロワー家を乗っ取った魔物の親玉が待っていた。

 今までバロワー家に成りすまして商売をしていただけあって、姿はとても人間に近い。けれど彼からは、どこか冷たい人間とは思えない雰囲気を感じた。


「ちょっとノノアさん、普通に怖いんですけど」

「大丈夫」


 私はごくりと唾を飲み、それから答える。


「お初にお目にかかります、私ノノアと申します。今日は訳あって……貴方達を討伐しに来ました」

「ちょっ、えぇっ!?」


「……なんだと?」


 相手の目付きが一気に変わった。ついでに言えば目の色も。真っ赤に変色している。


「たった二人だ。さっさと片付けろ!」


 敵の親玉が力強く叫んだ。

 声に合わせ、魔物たちが一斉に飛びかかった。


「今の流れでそれ言うのおかしくないですか!?」

「だって細かいやり取り面倒だもん。このあと邪龍ノヴァも倒すんだし、巻きでいこう!」

「あ、あり得ない……」


 ルカちゃんの大きなため息が聞こえる。

 でももう諦めてもらうしか無い。

 だって敵はもう間近に迫っているんだからね。


「ルカちゃん、出番。さっき渡したアレ使って!」

「え、でも僕アレ使ったことなんて……」

「いいから早く!」

「う、はい……!」

 

 たじたじなりながらルカちゃんが空間に手をかざした。

 占いの鑑を取り出す要領でそれを取り出す。


 三又の槍。


 それは牢屋で鍵を入手した際に、倒した魔物が持っていた物だった。

 いわば戦利品。パクってないよ、戦利品。


「これで終わりだ!」

「……っわああああ」


 ルカちゃんが槍を振り上げた。

 しかし、もちろん彼は占い師。

 武術の心得が無い彼に、それを扱う術など……当然無い。


 ゆえに結果はこの通り。


「ふぎゃっ」

「ルカちゃん!」


 槍が天井の飾りに引っかかった。

 槍を振り上げていたルカちゃんは、それに合わせ盛大にすっ転んだ。


「だ、大丈夫?」

「うううう、血が……だから嫌って言ったのに。知ってますよね、僕の運の無さ」


 うん、知ってる。


 何を隠そう彼は、非常に運が悪い占い師だった。

 仲間からはあっさり裏切られ、アジトを歩けば容易に敵とエンカウントする。今の槍だって、もう彼の手を離れ、地面に突き刺さっている。



 だけど、そんなことは百も承知。


 だから私は、その不運を逆に利用する。


「ルカちゃん!」

「なん……」

「神のご加護がありますように」


 私は彼の手を取り、祈りを捧げた。


「はっ、人間が。今更祈りなど何を馬鹿な……ん、なんだこの音」


 それは低い地鳴りのような蠢き。

 何かが崩れるような、崩れ落ちるような。


「なんでしょう、この音……うわっ」


 そして次の瞬間、屋敷全体が揺れ始めた。


「えっ、ななななんで!?」

「ルカちゃん、逃げるよ!」

 

 私は呆然と立ち尽くす彼を引っ張り、扉に向かって走った。


 一瞬だけ後ろを振り返る。


 床に突き刺さった槍。

 その周りに禍々しい術式が展開されていた。


 たぶんあの槍は呪われている。

 それがたまたま転んで怪我したルカちゃんの血を吸って、呪い発動の術式を展開するに至っている。

 本来ならルカちゃんの命を奪うんだろうけど、手から離したおかげで回避されたようだ。


「なんだこれは」

「どうなってる!?」

「待て、天井が崩れっ……ぎゃあ」

「おい、誰かなんとかしろ!」

「無理言うな、こっちは周りが急に倒れて……ぐあっ」


 部屋に響き渡る魔物たちの悲鳴。

 ボロボロと崩れ落ちていく部屋。


「ノノアさん、一体何がどうなって……」

「んー、呪い?」

「呪い?」

「ま、詳しいことは後で話すよ」


「待ちやがれ!」


 扉の入り口を魔物の親玉が塞いだ。


「お前らだけ逃げられると思うなよ?」

「うわっどうしよう」

「何しやがったか知らねえが、お前らも道連れに……」

「嫌です」

「ん?」


「だから、嫌です」


 私がそう言い切ると、魔物の親玉はみるみる顔色が赤くなった。


「この女っ」

「ノノアさん!?」

「いい、気にしないで私に続いて」

「ふん、そんな華奢な体で俺をどうにか出来るはずが……」

「ああ神よ。私のこれは正当防衛なんでお許しください」


 私は祈りの杖を取り出した。

 そしてそれを相手の眉間めがけて、思い切り……突いた。


「は……馬っ、鹿な……」


 敵は緩やかに地面へと倒れた。


「えっ、今、ノノアさんその大切な杖で殴っ…………えっ? 鈍器?」

「その話も後で! 今は逃げるのが先、行こう!」


 崩壊する屋敷の中、こうして私達は無事外へと逃げ出したのだった。

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