ボイスメッセージ

@Black555

ボイスメッセージ

 駅に入った電車はブレーキ音を響かせながらゆっくりと止まる。

 ホームに降り立った飯田恵は辺りを見渡す。

 平日の駅はサラリーマンと私服姿の男女で溢れ返っている。

 恵は足早に改札を抜ける。

 駅の外は広場になっており、様々な人達が行き来している。

 季節は夏。

 気が狂うような蒸し暑さが恵を襲う。

 黒色のスラックスに白いシャツの夏らしい出で立ちだが体中から汗が噴き出す。

 短い黒髪のせいか首周りがヒリヒリと痛むのを感じる。


『まもなく午後一時をお知らせします』


 中央に建っている時計塔から時間を知らせるアナウンスと軽快な音楽が流れる。


(最後に来たのはいつだっけ……)


 恵の心に懐かしさが込みあがって来る。

 それと同時に行き場のない不安が恵を襲う。


「恵!」


 横から明るい女性の声が聞こえ、恵はすぐに視線を向ける。

 視線の先には四十代前半の女性が笑顔で手を振っている。

 母親の飯田智子だ。


「お母さん……」


 恵はすぐに智子の方へ駆け寄る。


「元気だった?」

「うん……」


 智子の問いに恵は愛想笑いで答える。


「じゃあ、行こうか」


 智子の言葉を皮切りに二人は近くの駐車場へと向かった。

 駐車場に着いた二人は智子の車へと足を運ぶ。

 恵は黒いリュックサックを肩から下すと助手席へと乗り込む。

 車内はムッとするような熱気に包まれていた。


「電車は混んでた?」


 運転席に乗り込んだ智子はエアコンを付けながら聞く。

 エアコンから冷たい風が流れ、車内をヒンヤリと冷やす。


「全然…… 普通にすいてたよ……」


 シートベルトを閉めながら恵は答える。


「そう」


 智子はそう言って車のエンジンを掛ける。

 車はゆっくりと駐車場を出て、車道へと走り出した。



 満点の星空に綺麗な満月が浮かんでいる。

 恵はリビングにあるソファでテレビを見ている。


「恵。御飯よ」


 隅にあるキッチンから智子の声が響き渡る。


「はーい」


 恵はソファから立ち上がり、キッチンへと向かう。


「はい。これ、お願いね」


 智子は恵に二つの皿を渡す。

 皿にはハンバーグと野菜が載っている。


「今日は恵が大好きなハンバーグよ」

「ありがとう」


 恵は皿をテーブルへと運ぶ。

 テーブルには二本の箸が置いてある。

 キッチンから炊飯器を開ける音が聞こえ、二つの茶碗を持った智子が出て来る。

 茶碗には白いご飯が載っている。


「さぁ、食べよう」

「うん」


 二人はテーブルに座る。


「「いただきます」」


 二人は箸を持ち、ハンバーグに手を付ける。


「んーー 美味しい」


 ハンバーグを口に運んだ智子は小さく叫ぶ。


「美味しい……」


 恵は静かに声を上げる。


「久しぶりね。二人きりで食事するの」


 智子はそう言って野菜に手を付ける。


「そうだね……」


 恵はそのままご飯に手を付ける。

 飯田家に父親はいない。

 恵が幼稚園の頃に離婚してしまい、智子が女手一つで恵を育てたのだ。


「ねぇ? お母さん……」


 気まずい表情で恵は箸を茶碗に置く。


「何?」


 智子は箸を止め、恵の方に顔を向ける。


「ごめんね…… 急に帰りたいなんて言って……」

「良いのよ。それくらい」


 智子はクスっと笑う。


「でも…… 大学まで休んで……」

「嫌な事でもあったんでしょ?」

「え?」


 智子の言葉に恵は目を見張る。


「母親なんだからそれくらい分かるわよ」


 そう言って智子は箸を茶碗に置く。


「ええっと……」


 恵は目を泳がせながら口ごもる。


「大丈夫。無理には聞かない」

「でも、それじゃあ……」

「今、言うべきか迷ってるんでしょ?」


 智子の言葉に恵は押し黙る。


「恵……」

「……何?」


 恵は智子の方に顔を向ける。


「お母さんは恵の味方だから。言える時になったら、言いなさい」


 智子はそう言って再び食べ始める。


「……うん」


 目に微かな涙を浮かべながら恵は頷いた。



 ピンク色のパジャマを着た恵はゆっくりと自分の部屋に入る。

 部屋には学習机とベットが置かれている。

 白い壁には八時を指した時計だけが掛けられている。

 ベットに腰かけた恵は充電しているスマートフォンに手を伸ばす。

 画面を操作し、通話記録を見る。

『金村優太』と表示された不在着信が何件も来ている。


(やっぱり、来てる……)


 恵は軽い溜息を付きながら在学中の出来事を思い出す。



 恵が金村優太と出会ったのは大学一年の春だった。

 恵が大学の図書館で鍵を見つけ、受付に届け出た時だった。

 すぐに一人の男子大学生が受付へとやって来た。

 その男子大学生が金村優太だった。

 これをきっかけに二人の交流が始まった。


「恵さん…… 僕と付き合ってくれませんか?」


 大学一年生の冬。

 大学のベンチで恵は優太に告白された。


「……ごめんなさい。今、そういう事は考えられなくて……」


 恵は丁寧に断った。


「そう…… ですか……」


 優太は寂しそうにベンチから離れて行った。

 その日から優太のストーカが始まった。

 真夜中にも関わらず電話が来て、恵の住んでいるアパートにも姿を現すようになった。

 精神的に追い詰められた恵は大学を休み、今いる実家へと戻ったのだ。



(でも……)


 恵の頭の中に笑顔の智子が浮かび上がる。


(もう、逃げない!)


 優太の電話番号を表示し、通話ボタンを押す。


プルルル…… プルルル……


 スマートフォンを耳に当てると電子音が決まったリズムで流れる。


『もしもし!』


 画面から優太の声が聞こえてくる。


「もしもし? 優太君? 今、大丈夫?」


 恵は静かに口を開く。


『全然、大丈夫ですよ』


 優太は元気な声で答える。


「あのね…… もう付きまとうのは止めて欲しいの……」


 恵の言葉に優太は黙り込む。


「付きまとう? 何の事ですか?」

「とぼけないで!」


 恵は強めの口調で叫ぶ。


「恵さん。僕は……」

「迷惑なの! もう付きまとわないで!」


 恵はそう言って通話を切る。


(これで大丈夫なはず……)


 恵は深い深呼吸をし、眠りに付いた。



 セミが鳴り響く昼下がり。

 昼食を食べ終えた恵はエアコンの効いたリビングでテレビを見ていた。

 眠気に襲われていたその時、テーブルに置かれたスマートフォンに一件の通知が入る。


(何だろう?)


 スマートフォンを手に取り、画面を見る。


「え?」


 画面を見た恵は眉間に皺を寄せる。

 画面には黒い文字でこう書かれている。


『ボイスメッセージを受信しました』


(誰からだろう?)


 首を傾げながらボイスメッセージを再生する。

 画面から車の行き交う音と一緒に子供の遊ぶ声が聞こえる。


(どこだろう?)


 恵は静かに耳を澄ます。


『こんにちは。恵さん』


 突然、優太の声が聞こえる。


「え?」


 恵の顔が凍り付く。


『いきなりごめんね。実は今、駅にいるんだ』


(駅?)

 

 優太の言葉に恵は胸騒ぎを感じた。


『まもなく午後一時をお知らせします』


 聞き覚えのあるアナウンスと軽快な音楽が画面から流れる。


(これって……)


 恵の背中に冷や汗が流れる。


『もう一度、恵さんに会いたいんだ。それじゃあ』


 優太の言葉を最後にボイスメッセージは終了した。


(どういう事?)


 恵の心に焦りが生まれる。


(とりあえず、落ち着こう……)


 スマートフォンをテーブルにゆっくりと置く。


『ここでニュースをお送りいたします』


 テレビから男性アナウンサーの声が響き渡る。


『昨日未明〇〇県○○市に住む男性が首を吊った状態で見つかり、病院に搬送されましたが今日の朝、死亡が確認されました。

男性は○○大学に通っており……』


「え?」


 恵はすぐにテレビに視線を移す。


(○○大学って、私が通っている……)


『なお、現場からは遺書が見つかっており、警察は自殺の線で捜査しています』


 男性アナウンサーはそう言って深く頭を下げる。

 恵はすぐにテレビを消した。

 エアコンの音だけが静かに響き渡る。


(自殺した大学生って……)


 恵はスマートフォンに視線を移す。


(でも、あのボイスメッセージは……)


 その瞬間、画面に一件の通知が入る。


「え?」


 画面には例のメッセージが表示されている。


『ボイスメッセージを受信しました』


 恵は恐る恐るスマートフォンを手に取ると再生ボタンを押す。


『こんにちは。恵さん』


 優太の明るい声が流れる。


『今、恵さんの家の前にいるんだ』


 その言葉に恵は戦慄を覚えた。


『とっても良い家だね』


 そう言ってボイスメッセージは終了した。

 恵はすぐに玄関へと走り出した。




 玄関に着いた恵は扉を確認する。

 扉はしっかりと施錠されており、ホッと息を付く。


ピンポーン。


 その時、インターホンが鳴り響く。

 恵はビクッと体を震わせる。


ピンポーン。


 再びインターホンが鳴り響く。


「だ、誰ですか?」


 恵は恐る恐る声を掛ける。


「あ、すいません。宅配便です」


 外から男性の声が聞こえる。


「あ、はい……」


 靴を履いた恵はドアガードを付け、ゆっくりと開ける。

 扉の先には若い配達員が立っている。


「こんにちは。お届け物です」


 配達員は恵に向かってニコッと笑い掛ける。


(良かった……)


 恵の心に安心感が生まれる。


「ありがとうございます」


 恵はそう言ってドアガードを外し、配達物を受け取る。


「じゃあ、失礼します」


 配達員はそう言って立ち去って行った。

 辺りを見ながら扉を閉めた恵は配達物を靴箱の上に置く。

 軽い溜息を付き、扉を施錠する。


(きっと、いたずらか何かだよね……)


 リビングに戻ろうと歩を進める。

 その瞬間、ポケットに入れていたスマートフォンが一回震える。

 恵は立ち止まり、スマートフォンを取り出す。


「え?」


 画面を見た瞬間、全身が固まる。


『ボイスメッセージを受信しました』


 恵は恐る恐る再生する。


『こんにちは。恵さん』

 優太の声がスマートフォンから流れる。


『今、恵さんの後ろにいるんだ』


 その瞬間、恵の後ろから何者かの気配が現れる。


「あ、あ、あ……」


 恵は体を小さく震わせる。


「やっと、会えたね……」


 恵の耳元で優太の声が聞こえた。

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