第5話 『死体』

その後、大広間に僕らは固まって女将から現状の説明を受ける。


「お客様のお一人、陽光 充様が死んでいました」


僕はその一言にやはりという感想と、思い違いであればよかったという感情がごちゃ混ぜになって不思議な心境であった。

女将は続けて話す。


「死体の方からは強烈な死臭が漂っており、またその死体は酷い事に生首が取られており服装からでしか判断ができませんでした」


僕はその光景を想像できてしまい吐きそうになる、そうすると姉御が僕に気づき背中をさすってくれた。

さすってもらっていると気分も幾分か楽になり、体調の方も良くなってきた。

僕の体調が戻ると女将の話は佳境に入り、結論を言う。


「結論を言います、犯人はこの近く。もしくはこの中に潜んでいるでしょう」

「山の天気はとても移ろい易く、つい1時間前には快晴だった筈なのにもう大雨が降ってきております」

「この様子だと素人だろうと逃走を辞めようと思うほどに強くなります、山に慣れてる人ならもっとそう強く思う事でしょう」


そう言う女将の言葉には強い説得力が有り、そしてそれは僕達を混乱に陥れるのには充分だった。

それはヒステリックそうなおばさんを皮切りに始まった。


「ねぇ!私達は帰れるの!早く帰らせてよ!」


それをはじめとして他の宿泊客も自由に物を言い出した。それこそ暴言も吐き出てる人もいる程。

初めに叫んだ叔母さんはどうやらかなり若い人と来ているようだ、しかも叔母さんの左薬指には指輪が嵌められているくせに若い方にはない。

どうやら浮気旅行中に巻き込まれてそれで帰るのが遅くなるのが怖いのだろう。

若い男の方も慌てふためいており、遂には悲鳴を上げ走って館の外へ出てしまう。


「ひぃいぁーー!」


なんとも情けない声をして走っていくがそこそこ早く誰も追いつけそうにない、そして外へ出て道路に出た瞬間。


「へっ?」


一瞬で土砂に巻き込まれて見えなくなった、あの様子から死んでしまっただろう。

それは僕達がその一瞬で冷静になる程強烈で、女将の言葉が身に染みる痛烈な例だった。


僕達が大広間に戻ると1人残って女将と話をしていたようだ、その人は男性で此方が戻ってきたのに気づくとポケットからある物を取り出してその身分を明らかにする。


「俺の名前は土屋 健一、刑事だ。この殺人事件は俺が預かる事にした、安心しろ」


そう言う彼に僕達はホッとする、きっと僕達は助かり。犯人は見つかって事件は終息へと向かうのだと。

その警察は事件に詳しく知りたいらしく全員を集めてそれぞれ自己紹介をさせる。


「じゃあまず俺からだ、さっき言った通り名前は土屋 健一で刑事だ。この旅館には休暇として来ている、こんな感じで自己紹介をしていってくれ」


「じゃあ次俺いきます、俺の名前は山内 拓海。この旅館には夏休みのサークル活動として来ています。大学生です」


「じゃあ次はアタシな、アタシの名前は原井 巴。この旅館にはさっき拓海が言った通りサークル活動で来ていて同級生だ」


「ふむ、ところでそのサークル活動とはどんな?」


刑事がそう聞くとリュウが拓海と刑事の間に入り、すぅと口を開いて説明をする。


「それには俺達も入っています、名前はそれぞれ二階堂 蒼龍と」

「横袖 愛花って言います」


息を合わせた2人の連携には舌が巻かれる。モナが言った後にリュウが続けてこう話す。


「さっき話した4人は全員同じ大学の同級生です。僕達は民俗学サークルに入っていて、それで調べた土地へ実際に行く事で見識を深める。そういう体で旅館に来ました」


そう言うリュウに対して僕はなんとなく理解し、そしてリュウが何故そのサークルに入ったのかもわかった。

リュウがそう言うと刑事はメモに書き入れてから此方は向き僕へと話を促す。


「僕は狭間 悠と言います。大学生です、サークル等には入っていません。この旅館には普通に旅行で来ました」


僕がそう言うと刑事は目を光らせこのような質問をしてくる。


「ほう、1人か。なんで誰かしらを連れて来なかったんだ?」


いかにも怪しまれているが僕は正直に言う。


「友達がいないので」


そう言うと部屋全体が憐れみの空気に包まれた、もうやだお部屋帰る。

とりあえずもう帰りたくなったので手早く済ませるように次の人へと話を移す。


「え、えぇ。私の名前は山田 華と言います。この旅行には慰安旅行で来ました」


例の浮気旅行おばさんはそう言い訳するがその嘘はすぐに見破られ、刑事のメモ帳には嘘をつく可能性が大と書かれた。


「とりあえずこれで全員か?」


刑事がそう言うと女将があっ!と声を出し、ちょっと急いで読んできますねと言いキッチンの方へと向かって行った。

女将が行ってから少し経ち、女将は帰って来る際に男の人を1人連れてきていたようだ。

やってくるなりその男の人は深く頭を下げて挨拶をしてくる。


「皆様どうも。私、役所の職員の廣井 寛と言います」


そう言う寛さんは頭を上げて今の自分の状況について説明をする。


「この度は陽光 充様とお話しさせていただく遥々ここまで来ました」

「先程歩きでここまできたのですが雨に濡れてしまい、それで浴場とこの浴衣を貸してもらってました」


そう言う寛さんの顔は本当に何も知らないようだ。

とりあえず僕が寛さんに事情を伝えると冷静に頷き、とりあえず少し離れた所から僕達の話し合いを聞く事にしたらしい。


僕達は最初の話し合いをした、しかしそれは最後の話し合いでもある。

きっと僕らは最後の最後までこの時にもっと疑うべきであった。





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