3-E 手紙と予言


 ヒンサレイは環境汚染問題の為、急遽〈軸〉が特別管理区域に指定し、出入りや周辺での行動が特別管理区域法により制限されることとなった。環境汚染のためなどはあくまで表の目的に過ぎないことはポールには分かっていた。あの地下の巨大な工場施設が〈軸〉にとってどれだけの脅威になり得るかというのはあの工場を見たものなら容易に想像がつくことだった。さらにリアからの手紙にもそのようなことが書かれていてその推測は正しいことも分かっていた。


 リアからの手紙にはポールが気になっていたバトラス予言について細かく書かれていた。


 『ポール、この手紙は開封してから数十分ほどでバトラス予言以外の場所が蒸発してしまうのでバトラス予言は後でじっくり考えながら読むことをお勧めします。ヒンサレイは特別管理区に指定されるようです。理由は分かっているでしょう。私たちが発見ことでこの件が〈軸〉に知られることになったのですから。この工場での一件が大戦の火種となるかもしれません。そうならないことを願いつつもあなたが見たという予知夢が近いうちに現実になってしまうことを考えればその可能性が最も高いと考えるのが妥当でしょう。そして、この工場への調査のために部隊を編成しているというのも聞きました。〈梟〉も二十名ほど入って近年で最大の軍事作戦になるみたい。


 それでバトラス予言について書きましょう。バトラス大戦は世界を大きく巻き込んだ大戦で、それを収めたのが救世主バトラスなのです。バトラスは本名マーレ・ハビングという女性でした。精神拡張ドラックを服用してから救世主としての力に目覚めたと言われている。その予言はおそらく彼女の予知夢を記録したものだと思います。その一節にこんなのがありました。“私の中の種が芽生えた日をゼロとするときちょうど四百年後に次の種が芽生える。その種を持つものが選ばれし者であり、そのものは運命を捻じ曲げる力を有する。そして、その者は預言者として世界を異なる形へと永久に変化させてしまう”。この預言者というのはあなたが予知夢で見たという預言者ウラールなのかもしれない。“私の中の種が芽生えた日”が正確にいつなのか何を意味するのかは分からないけれど、この五年の間のどこかがちょうど四百年後と言われています。これらが今、私が言える情報のほとんど全てです。それではまた近いうちに会いましょう。私には未来が見えないのでいつになるかはまだ分かりませんが』


 ポールの中にはバトラスという人物がどのような人物だったのか気になった。ポールは突然ハーモンのコレクションにあった大きい記憶晶球の存在を思い出した。彼が四百年前と言っていたが、誰の記憶なのか?記憶晶球はパレルソン家の力がなければ記録ができないので重要な人物の記憶に違いない。そしてその人物が救世主バトラスならば予言の内容と関わる記憶があるかもしれないとポールは考えた。


 手紙が来た日は冬の真っ只中のある日だった。すでに暗くなった外を〈城〉の自室の窓から眺めると雪がパラパラと振る様子が見えた。そして雪が少し積もった木の上に異様に積もった雪をよく見ると白い羽に覆われたシロフクロウでそのフクロウが飛翔したかと思うと地面へと降下して何か動く影を捉えてどこかへ飛び去って行った。ポールは予言を考えながらベッドに横になると疲れていたのかすぐに脳が考えるのを辞めて眠りへと入った。


 銀色のテーブルを挟み正面にエリザベス・ヒルが座っていた。ポールと彼女はどちらもナイフをテーブルに置いていた。聴覚が働いていなかった。ポールはテーブルにウサギの刻印が入ったコイン状のチップを置いて彼女の方へと差し出した。この時点でコインを握る感覚があってこれは予知夢なのだと気付いた。そして、予知夢だと気付いたとき真正面に座る彼女がエリザベスではなく、工場で出会ったエリザベスに似た女だったということに気付いた。しかし、目は工場であったような混濁とした青い目ではなく自然なエリザベスと同じ青灰色の虹彩だった。聴覚が働き始めると部屋に置いてある時計の秒針の音だけが静かに響いているだけでどちらも言葉を発していなかった。お互いの目をみて沈黙が続いていた。時計の音だけが響く時間が数分続いた後に女は堪えていた涙を流し、嗚咽していた。ポールはそれを何もせず、何も言わずにその泣き姿をただ黙ってじっと見つめていた。そのあとで未来のポールが口を開いた。ポールは勝手に動く口に変な気持ちを感じつつもその発言に耳を澄ませた。


 「すまなかった。ルーシー」


 視界がぼやけて触覚が消え去り、秒針の音を聞いているうちに頭が靄に包まれてしまった。


 ポールは目覚めるとエリザベスに似た女、ルーシーについて少し考えていた。双子の片割れだとポールは考えていたが、なぜどこだか分からない場所で話すことになったのかその前がどうだったのかが気になった。

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