閑話 継承

 彼女自身、鏡に映る紫色の目を恨んだことは無数にあった。その目には人が二重に映る。重ならない気持ち悪さに人との交流が嫌いであった。十九年の間で次第にその目の違和感を受け入れ始めていた。それでもなおリア・パレルソンに心を許せる存在は同じ視点を持つ父、テネシー・パレルソン——パレルソン公だけだった。まだ記憶がない幼い頃に亡くなった母が生きていれば理解者になってくれたのかもしれないと彼女は考えることもあったが、遺影を眺めてもそれは彼女の心に何らの影響も与えなかった。父に言われた母に似ているという言葉も何と感じればいいのか戸惑ったのだ。


 リアは久しく会っていなかった父テネシーから呼び出しがあり、パレルソン邸から首都ロペジークへ車で向かった。パレルソン邸からそう遠くに離れているわけではないが、首都に訪れることもそうないため、車窓からの首都独特の景色を楽しんでいた。ガラス張りの巨大ビルから所々に尖塔が飛び出している。そして中心にはガラスの巨大な四角錐がある。あの建物は民主主義を象徴する建物、連邦の最高政治機関、元老院が開かれる連邦議事堂だ。今車が走る一本の道幅の広い道の脇には連邦中から持ち寄られた多種多様な木が植えられており、その大半が紅葉していた。その一本道を進んだ先にある議事堂へと停車した。紫色の目を隠すために黒に限りなく近い色のレンズのサングラスを掛け、車から降りた。ビル風が髪をなびかせた。テネシーの執務室は目の前の人工のガラス山の高層部分にあった。


 執務室へ来るまでに多くの議員やその他の官僚とすれ違った。リアはこの場所が好きではなかった。嘘が充満している空間が耐えがたいのだ。執務室のドアをノックするとテネシーの声が返ってきて入室を許可した。執務室は貴族らしく趣向を凝らした芸術品を配置し、多くの議員や権力者と同じように赤を基調とした部屋になっていた。しかし、リアはこれらがテネシーの趣味ではないことを知っていた。表向きのパレルソン公としての趣味であった。テネシーはリアに手招きをしてソファに座るように促した。


 「外してくれ」


 テネシーの隣に待機しているスーツを着た大柄な護衛にいうと護衛は部屋の外へと出た。テネシーが次に口を開いたときパレルソン公としての彼は消えたことにリアは気が付いた。


 「一つだけ頼みたいことがある」


 「何を企んでいるの?」


 「ある〈梟〉と接触して……繋がりを築いてほしい」


 リアが自分の目を指した。


 「その通り、その目でという意味だ」


 「精神の核に触れろと?」


 「いまそう言ったが」


 「でも、それは父さんの仕事でしょう?」


 「そうだ……だが、そうする必要があるんだ。リア……私はお前をどうしても決められた道から解放させてあげることはできなかった。それをどんなに望んでいるか!私はこれからも自由にさせてやることはできないだろう。しかし、選ばれしものなら違う。」


 「それって……その〈梟〉は」


 「ついに選ばれしものを見つけ出した」


 「それは確かなの?」


 「間違いない」


 二人の間に沈黙が流れた。長く長く続いた後にそれをテネシーが破った。


 「だから、繋がりを持つのはリアでなくてはならないのだ」


 「それは……どうしても必要なことなの?」


 「どうしても……だ。これは命令ではなくお願いだ。そして、その〈梟〉はポール・スローンだ」


 リアにテネシーの見たこともない表情とともにその名が記憶に深く刻み込まれた。そしてテネシーは小指から黄金の重々しい印章指輪を外して机に置いた。その印章指輪はパレルソン家の長であることを示すものだった。


 「これを邸宅に持って帰ってくれ」


 「着けていなくていいの?」


 「いいから持って帰ってくれ」


 「分かった」


 リアが印章指輪を握り、執務室を出た。その時、ふと見えたテネシーは印章指輪が指にはめられていなかったがパレルソン公へと変容していた。

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