3-A 白兎を追って

 ジーンの話したハーモンという男は〈城〉からそう離れていないロペジークの郊外に屋敷を構えていた。ジーンが言うには富豪で珍しい物をコレクションする変わった人だという。広大な敷地が広がっており敷地に入ってから屋敷にたどり着くまでに車でも数分かかった。敷地は広葉樹林になっていて時々車窓からは黄金色の毛皮の小動物が姿を見せていた。ハーモンの屋敷は真っ白い石造の建物で森の中で異質な雰囲気を出していた。六本の柱が前面に張り出したエントランスの屋根を支え、その柱の間に一人の男が立っていた。ジーンがその男を見て、ポールに言った。


 「彼がハーモンさんよ」


 車を停め、二人が車から降りるとハーモンが車の近くまで来て言った。


 「ようこそ。久しぶりだね、ジーン。そして、君はポールくんだね。ジーンから話は聞いているよ」


 ポールはハーモンに会釈をした。


 「久しぶりです」


 ジーンがハーモンに言うとハーモンは中に二人を招き入れた。


 「話は中で聞くことにしよう」


 屋敷の中の長い廊下は外装と同じように白く、精巧な彫刻が天井に施されていた。彫刻は廊下の全体に広がり一つの世界を構築していた。数多の部屋への入り口がある廊下を通り過ぎると大広間のような場所にたどり着いた。その広い空間は膨大な物に埋め尽くされていた。手を広げて立つ女性の彫刻が目に入り、その奥には無数の芸術品、ハーモンのコレクションがあった。壁にタイルのようにびっしりと隙間がなく絵画が吊るされ、ガラスの展示ケースや木の箱、布に包まれた多くの品が積み上げられ、十メートルはあるのではないかという高い天井まで達しようとしている山もあった。ポールの目に入っただけでも二つの有名な絵画『帝国の影』や『故郷ゲネーフ』が吊るされていた。足元が何かに接触しないように狭い足場から足場へと飛び移るようにして進んでいくと、ポールは背後に自らを強く引き寄せるものがあることに気付いた。


 「前来た時からかなり増えましたね」


 ジーンが言った。


 「こんなにも狭い踏める床も埋め尽くされるのにそうかからないだろう」


 ハーモンは片足がギリギリ入るほどの床に突っ込んだ自分の足を見ながら言った。


 「これほどのコレクションが埋もれてしまうのはもったいない」


 「そうだろう。敷地に倉庫をつくっている最中だ。完成次第ここから移す」


 会話中も後ろから引き寄せる何かにポールは気を取られていた。その様子を感じ取ってハーモンは言った。


 「君は何か気になったものはあるか?」


 ポールは後ろを振り返って引き寄せられる先を指さした。ハーモンはそこに掛かった麻布をどけて、木箱を持ってきた。


 「これで間違いないか?」


 ポールは木箱の中から出る何かを確認して言った。


 「はい」


 ハーモンは木箱を開けると中から出てきたのは青銅の手が水晶球を掴んだモニュメントだった。水晶球の中が揺らめいて情景がチラついた。サイズが違っていたが公爵が持っていた記憶晶球と同じ物だとポールは分かった。


 「これは記憶晶球……」


 「知っているのか?このコレクションは収集するのにかなりの労力を割いたものの一つだから、価値を分かってくれる者がいて嬉しいよ」


 「いつのものです?」


 「四百年前だ。」


 驚くポールの顔を見た後にハーモンは言った。


 「考えている通り、この中に記録されているのは四百年前の記憶だ。〈軸〉の黎明期の記憶だよ」


 「詳しく見てもいいですか」


 「それはそうと何の用件で来たのか忘れていないか?」


 ハーモンはモニュメントを木箱にしまい、また元の位置に戻し、布を掛けた。


 「これがどこで作られたのか知りたいのです」


 ポールはポケットからチップが入ったビニール袋を取り出して、ハーモンに手渡した。ハーモンはそれをじっくり観察した後、ポールに返した。


 「情報料をもらってから話そう」


 ジーンは身に着けたネックレスに付いている指輪をとってハーモンに渡した。その指輪は真ん中がガラスになっており、中には黒い液体が半分ほどの量が入っていた。


 「砂漠の民の品は面白い物ばかりだな」


 ジーンは東部の砂漠に覆われた地方の出身で最近のハーモンは東部の品に興味を持ち、収集しているらしい。ジーンとの関係も少し前にハーモンがコレクションを増やすために接触したのが始まりだった。


 「ナイフもいつか私に譲ってくれ」


 「それはできません。砂漠の民にとって誕生と同時に作られるナイフは命と変わらないのですから。指輪を渡したのだから情報を話してください」


 「それはすまない。先ほど見たチップにはウサギの刻印がされていただろう?この刻印は私の記憶が正しければホワイト・ラビット社という企業のロゴだ」


 「〈軸〉のデータベースには確認できませんでしたが」


 「だいぶ前に倒産してしまった会社だからかもしれないな。ブラッドストーン財閥傘下の企業だったが売却されて数年で倒産した。今はもう稼働していない工場がヒンサレイに一つあるはずだ」


 「指輪より価値のある情報には聞こえなかった」


 ジーンは口を挟んだ。


 「工場にはそれ以上の価値が眠っているかもしれない。そのチップは状態を見る限りかなり新しい。ホワイト・ラビット社の倒産後に作られていることは確実だ。何を求めているのかは知らないが君の求める答えが見つかることを祈っているよ、ポール」

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