2-C 蛹
〈城〉は上から見ると三日月のような形をしていてその片方の端にある塔の一室にポールはいた。円形の部屋は白くて椅子が三つ置かれていた。精神科医の男がポールの斜め正面に座り、言葉を投げかけていた。男の名はパースといって、精神拡張ドラッグを処方した人物だ。処方したといっても〈梟〉機関によって定められた形式的なものであった。
「言いたいことがあればいつでも言ってくれていいし、私からの質問でも答えたくなければ答えなくてもいい」
パースは言った。
「一つだけ気になっていることがあります」
パースが黙って頷いているのを見てポールは続けた。
「ぼくはなぜ人を殺せたのでしょうか?」
その言葉には自虐的な響きが含まれていることにパースは気付いて答えた。
「君の意思で殺したわけではないのは知っている。精神拡張ドラックの副反応の一つに脳の共感機能を抑制するものがある。その反応と君自身が追い込まれていたこともあって殺すことができたのだろう」
「それでも許しを請う彼女の喉に躊躇することもなくナイフを突き立ててしまった」
「後悔しているのか?」
「分からない」
「後悔しなくていい。躊躇していれば死んだのは君かもしれない」
「それでも……」
ポールの頭にあの時の光景がよみがえっていた。
「彼女の目から光が抜けていくあの瞬間が脳裏に焼き付いて」
「今は苦しいだろうがただそれを凌ぎ続ければ徐々に持ち直す」
「そうだといいのですが」
「ジーンに私からも伝えていいか?」
ポールは少し返事に詰まった後、言った。
「大丈夫です。自分から言います」
ポールは代理母のジーンは距離が近いようでどこか遠い存在のような気がしていたのだ。
「少し変なことかもしれませんが——ジーンに対してどう接すればいいのかまだ分からないのです」
「君の代理母のことか?」
「はい。ジーンが愛を持って接してくれていることは分かっているつもりですが、それを受け入れられていない気がするのです」
「受け入れられないとはどういうことだ?」
「何というか……」
「知らない実母に対しての気持ちがあるのか?」
「そうかもしれません。そう思っていることに罪悪感もあります。そして、自分がどこから生まれたのかを知らず、自分が何者でもないような気がしてしまうのです」
「必ずしも知るということが正解とは限らない。何者でもないという気持ちは誰もが抱えているものだからそれは解決するのはかなり難しい。〈梟〉の中でも君と似たような悩みを抱えているものも多い」
「殺しに対してもですか?」
「殺したあとに苦しむものが多い。何度も繰り返すうちに殺しに関しては感覚が街麻痺してしまうがね」
「ぼくは特別ではないと聞いて安心しました」
ポールは安心したと言いつつも自身が特別でないことに少しの落胆を感じていた。それを察した為かパースは言った。
「今は蛹の段階だ。辛抱強く変化を待てば必ず羽化するときがくる。そのときに特別になればいい」
「そういわれると少しだけ気分が楽です」
「あと一つだけ言い忘れたことがある。鬱々としたり、気持ちが分別できない気持ちの悪い状態に陥ることがあるかもしれないからその時は瞑想をするといい。その感覚は精神拡張ドラックの副反応の混色感情というものの可能性がある。その副反応は瞑想で緩和されるものだ」
「精神拡張ドラックにはどれだけの副反応があるのですか?」
「まだ見つかっていないこともあるだろうから何とも言い難い。本来、変化しない精神を拡張させるのだから様々なものに影響を与えてしまうのは仕方のないことだ」
「そうですね。よくわかりました」
「それならよかった。どうしても拭えない不確かなものを感じるならその原因を探しに行くといい。行き詰った時はまたいつでも来てくれ」
「はい。ではまた」
ポールは白い部屋から去ると自分の部屋がある東棟へと向かった。ポールを不安定にさせる原因は明らかなものだった。自身の出生に関するものと
度々、真実省の職員と思われる人とすれ違った。明確に〈梟〉だと分かるような人とは一度もあったことがなかった。たまに廊下で走る子供が〈梟〉になるために育てられているということだけは分かっていた。そのような子供を見るたびに昔の自分を思い出す。かなり昔、同じ年ぐらいの誰かと遊んでいた記憶だ。あまり、詳しくは覚えていなかったがその子が今どうしているのかとふと気になった。
ポールの部屋の前にはジーンが立っていた。
「ジーン」
「大丈夫?」
不安そうにジーンは言った。
「ああ」
と答えながらポールはポケットの中に入っているコイン状のチップを思い出した。そしてこう思った。このチップが何なのかを知れば自身が殺したエリザベス・ヒルという人物が何のために死んだのか、自分は何をすればいいのか分かるのではないかと。ポールはポケットからチップを取り出してジーンに渡した。
「これは?」
「エリザベス・ヒルに埋め込まれていたチップだ。これが何なのかが知りたい」
ジーンはチップをなぞった。中央のウサギの刻印が光って見えた。何かのマークなのか又は単なるデザインなのか分からなかった。
「ウサギの刻印。私には分からない。詳しい人のところへ連れて行ってあげる」
「それは誰?」
「ハーモンという男。富豪でコレクターの変わった人よ。彼なら分かるかもしれない」
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