いつも通り、いつもの距離

雪桜

いつも通り、いつもの距離

「いらっしゃいませ~。」

この言葉を聞くたびに俺はまた、距離を感じる。


駅から歩いて二十分。国道沿いをまっすぐ行くとたどり着く喫茶店。太陽の残した熱を下から感じる夕暮れ…というより夜に近い時間帯。店内の客は多からず少なからず。おしゃれな雰囲気を醸しながらも落ち着きを感じさせてくれる。そんな場所で俺らは不定期に話を始める。

「それで?今回はどんな目にあったの?」

「いきなり重めだけどいいの?」

「別にいいよ。あ、今日はなんか食べるの?」

「なんか軽いな~。カツサンドとエビフライ。」

「結構食べるな。そんなに食べきれるの?」

「大丈夫、トキに半分食べてもらう予定だから。」

「なら俺はヒマリさんのことを考えてコーヒーだけにしとこうかな。」

「じゃあ、私はアイスココアで。」

「ん、はいよ。…お願いしま~す。」

いつものように、いつもの場所で、俺らは同じ雰囲気を過ごす。

テーブルを挟んで向かい合う君はいつもと変わらない。おそらく俺も。

「それでさ~、聞いてよ。上司がね…」と、いつものように話し出す君。

内容は毎回違って、君はたくさん話してくれる。これまでの鬱憤を、抱え込んだものをすべて吐き出すかのように。そして俺はそれを「そうか」と一言、君の話を丁寧に、聞き逃さないように聞いていく。時には「それは大変だね」と共感し、時には「でもそれはさ」と意見を提案する。君の気持ちを理解し、君のためになりたいと、俺は君の話を聞いている。

 途中、運ばれたエビフライに笑顔で喜び、カツサンドをおいしそうに食べる君を俺は優しく眺めている。そして、止まることのない彼女の話をただじっと、けれどもちゃんと聞き続けている。俺が自分のことを話すことはほとんどない。だって今の俺は…

「…なんでさっきから黙って見てんのさ。」

「いや、ヒマリさんが可愛く食べてんなぁ~っておもって。」

「最近忙しくてまともに食べてなっかたんだよ。私が可愛いのは知ってるから一緒に食べてよ。」

「わかってるよ。カツサンド一個もらうね。」

ちょっとした他愛のないやり取りでも君はいつも君らしく、それでもって俺らしい。

いつも通りに、変わらず、時間は空気を読むことはしない。

「ねぇ、トキはなんか話ないの?」

「なんで?」

「こうやって会うときいつも話してるの私ばっかじゃん。」

「まぁ、ヒマリさんの愚痴を聞きに来てるのが目的みたいなもんだし。それに、大学生やってると別にそんなにストレスもたまんないからなぁ~。」

「いいねぇ~大学生は自由で~。社会人なんかずぅ~と働き詰めで嫌になっちゃう。」

「毎日毎日お疲れ様です。」

「ほんとに。仕事ばっか。漫画の中の『仕事が恋人』って意味がなんか分かってきた気がする。」

「ヒマリさんに恋人なんてできたことないでしょ。」

「それはトキも一緒だろ。」

「俺はいいんだよ。一人好きだし。別に今は彼女なんて考えらんないね。」

「えぇ~せっかくの花の大学生なんだから彼女の一人や二人作ればいいのに。」

「今が環境が好きなんだよ。それに彼女二人も作ったら二股じゃねぇか。」

「確かに。ごめん、ちょっとお手洗いに行ってくるね。」

「はいよ。」

いつもは自分の話ばかりで、いつも通り俺が話を聞いてるだけだったのに。今日はいつもと少し違う。けれど、やっぱり君の見えている景色はいつも通りで、俺はいつも通りの景色を見ている。

「お待たせ~、あれ?なんでケーキ?」

「お疲れのヒマリさんに甘いものと思いまして。」

「さっきたくさん食べたばっかなんだけど。」

「でも甘いものは?」

「別腹~ってね。じゃあいただきま~す。」

「はいどうぞ~。太ったら自己責任でね。」

「なんで食べた途端にそういうこと言うかな…。あ、今日は私のおごりだからね!この前の時、勝手にお会計すましちゃって私払えなかったんだから!」

「あれは別にいいだろ。今日と違ってコーヒーとデザートしか頼んでなかったんだし。」

「それでもおごられっぱなしはヤダ。お金のことはちゃんとしないと。トキとはずっと友達でいたいもん。」

「……はいはい。でも割り勘な。俺だってヒマリさんといられなくなっちゃうのは嫌なんだから俺にも払わしてくれよ。」

「でも…まぁ、そっか。そのほうがいいよね。…うん、このケーキおいしい!」


君の見えている俺はいつも通り。

だけどいつも通りには終わらせたくなくていつも無駄な抵抗をしてしまう。

そんな無駄な抵抗にも君は律義に対等でいようとする。

「失いたくない」この思いが同じでも同じではない。

君の「失いたくない」という気持ちが俺には嬉しく、そして俺を苦しめる。

君が望むものとは少し違う「失いたくない」という気持ち。

君の求める関係を。君の求める環境を。君の求める「俺」を。

俺はいつも通り君のためにいる。

君が友達を欲しいなら。君がお話をしたいなら。君が「友達の俺」といたいなら。

俺は君のために友達になる。

求めているものを知っているから。求められていないものを知っているから。

俺は君の気持ちを利用して君のそばにいる。

俺のことは二の次でいい。君の期待に応えたい。

けれど、一つだけ求めるのなら。

共通している「失いたくない」という気持ち。

君とお話ができるように。君の目の前に座れるように。

君の過ごすいつも通りのために、俺は君の友達になる。

君のためと俺のため。同じであれど同じでない気持ちのために。

俺は、いつものように甘いケーキを食べている君を見ながら苦いコーヒー飲む。

コーヒーの苦さが口の中に広がる。でも、それがいつも通りだから。


「…また黙って見てる。」

「ごめんて。別にコーヒー飲んでただけだよ。」

テーブル一個分。この距離が近くて遠い。でも、決して離れてはいない。君に触れることはできなくても、君を見つめられる距離。テーブル一個挟んだこの距離が俺たちの…

「はい。」

「…えっ?」

ヒマリさんがケーキを目の前に一口突き出してきた。

「食べないの?」

「いいよ俺は。ヒマリさんに頼んだんだからヒマリさんが食べなよ。」

「いいから食べてって。全部食べたら太っちゃうかもしれないでしょ。だから協力して。はい、あーん。」

「…そういうことして勘違いしても知らんぞ?」

「大丈夫でしょ。トキだもん。もう長い付き合いなんだから今更こんなこと気にしないでしょ。」

「…そうだな。今更か。」


いつもは苦い口の中、でも、今日は少しだけ甘い。

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いつも通り、いつもの距離 雪桜 @YUKISAKURA0923

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