彼女

鳥海 摩耶

彼女

 昼間の暑さと、セミのやかましさが静まった夜。 

 網戸を開けて縁側に出ると、やわらかい夜風が頬をなでた。山のほうからはチロチロと虫のこえが聞こえる。こんな夜だったかな──と、私は高校一年の夏の夜を思い出す。

 

 

「ねえ、すずしろさんって、夏祭り行く?」

 夏休み前の木曜日。彼女が私に話しかけてきたのは、その日がはじめてだった。私は中学から、ずっとひとりで過ごしてきた。高校にあがっても友達をつくろうとはしなかったから、彼女が私の名前を知っていることに驚いた。

「え、えーっと……」

 名前が出てこない。

「私は○○よ。窓際の」 

 確かに窓際の席の子だ。いつも友達に囲まれていて、私には無縁の存在だと思っていた。

「あ、どうも……」

「夏祭り。良かったら一緒に行かない?」

「一緒に?……私と?」

「うん。あたしとあなたで」

 彼女はさらりと聞いてきた。一緒に行かないか、と。私は混乱した。なぜ。あなたにはいつも友達がいるのに。なぜ、この私と?

「……私で良いの?」

「うん。どうして?」

「だって……いつもほら、友達いっぱいいるじゃん」

「いるけど、今度のはあなたと行きたいの。どう?」

 ますますわからない。私はもやもやしながらも、せっかく誘ってくれたのを断るわけにもいかず、うんと言った。

 

 土曜日。私は言われた通り、夏祭りの会場の神社に向かった。いつものTシャツにジーンズ。他に良さそうな服がなかった。夏祭りなんて小学生以来だから、みんながどんな格好をしているか知らない。さんざん悩んだあげく、選んだのがこれではあんまりかな。

 

「お待たせー」

 淡いブルーの浴衣に身をつつんだ、美女が来た。一瞬、彼女だとわからなかった。学校では伸ばしている髪を、今はポニーテールにしている。

「あ、けっこう待たせちゃった?」

「ううん……さっき来たとこ」

「おっけー。じゃあ行こっか」

 

 それから、ふたりで屋台を巡った。彼女はたこ焼きが食べたいと言って、ふたりでたこ焼きをはんぶんこした。私は食べるつもりはなかったのだけど、ソースの良い匂いと彼女の笑顔に誘われた。ふんわりと風が吹いてきて、私を優しくなでていく。なんだか懐かしい気持ちにつつまれて、誘われて良かったなと感じた。

 

「花火やるみたい。高台行ってみよう」

 彼女が言い出して、ふたりで高台へ登った。見た目の割りにきつい坂だった。ようやくのぼりきった時にはふたりとも汗だくで、ベンチにどかっと座りこむ。 

 

「はあー。着いたぁ」

「こんなきついと思ってなかったんだけど……」 

「あたしも。ははっ」

 花火のために汗だくになるなんて、ばかみたい。だけど、きらいじゃない。さっきは優しかった風が、強めのクーラーみたいに、火照った顔を冷やしてくる。

  

 花火が始まった。真っ暗の闇に放たれる光。放射状に広がり、ゆっくりと落ちていく。身体に響いてくる炸裂音。忘れていた感覚がよみがえってきた。ふと、彼女に聞きたくなった。  

 

「ねえ」

「ん?」  

「どうして私を誘ってくれたの?」

「どうしてかって? そーだなぁ……あなたが冷めた目をしてたから」

「冷めた目?」 

「うん。冷めた目。高校生って割には、どこか違うところから見てる感じ。あたしのまわりの子達とは違うなって」

「……そうなの?」

「そうよ。あたしには友達がいっぱいいるように見えるかもしれないけど、それはうわべだけ。あたしは仲良くやってるけど、ほんとはなんとも思ってないの、お互いにね」

「ふうん」

「今日だって、みんな別の子と祭りに来てるんじゃないかなぁ。あたしみたいに」

 そういうものなのだろうか。 

「じゃあ、私はそのうわべだけの友達じゃないの?」 

「じゃないよ。あたしはあなたと話すのは初めてだけど、あなたのことは前から知ってる」

 え。

「窓際からずっと見てたからねぇ」

「え、ひく」

 彼女は急にケタケタと笑いだした。

「気持ち悪いよね。ごめんごめん。あたしはあなたのことが気になってたの。いつもひとりで本読んでて、だけど寂しい感じがなくて。どんな子なのかなあって」

「そっか……私そんな風に見えてるんだ」 

「あたしはカッコいいと思ってる」

「カッコいい?」

「うん。カッコいい。誰かに頼ったりしないで、ひとりで生きてる感じ。あたしはなんやかんや、誰かと絡んでないと無理だからさ。本音を語れない友達ばっかり作って、なんでかなあ」

「……本音を語れないと、友達じゃないの?」

「うーん、あたしの中ではそうかな。こういう話はほかの子にはちょっとね。話せない」



「……変なの」

「変よね、あたし」

「うん」

 

 

「……だけど、きらいじゃない」

「そっか」

 

  

 

 なんでこの子と一緒に花火見てるんだろ、私。だけど嫌な感じはしない。不思議だな。ふりまわされてばかりだけど、案外心地がよい。

 

 それから、しばらくたわいもない話をして、ぶらぶらして帰った。彼女とは翌週からこっそり会うようになった。お互い学校では他人のふりをして、放課後に喫茶店で待ち合わせて帰った。ひそひそ会うのはちょっぴりドキドキした。そんな関係を高校時代続けて、そのままふたりとも大学生になった。

 

 あの夜、彼女にふりまわされたから、今の私は──

 

「あれ? まだ寝てなかったの?」

「あ、うん。そういやこんな夜だったよね。私たちが夏祭り行ったの」

「あー、あの日か。懐かしいねぇ」

 

 私は、彼女の彼女だ。

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彼女 鳥海 摩耶 @tyoukaimaya

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