シーン13 あんたがたどこさ
三場▼
「あんたがたどこさ、ひごさ、ひごどこさ、くまもとさ、くまもとどこさ、せんばさ…。」
あれから数日が経ったであろう春の日。
同じ公園。暖かい陽がさす午後。
風が柔らかく吹いており、刻が満ちた桜の花びらの散る速度と重なる。それは風に乗って辺りを漂いながら、やがて地に落ちていく。地を埋め尽くすかのように、あたり一面花びらに覆われている。
そこで、古めかしく、しかし華やかな彩りの着物を着たひとりの少女が唄を歌いながら美しい鞠をついている。
おそらく齢七つ程度のその少女の歌声は柔らかく、しかし軽やかで明るい。それはまるで春の陽と風のようにその場を包む。
「せんばやまにはたぬきがおってさ、それを猟師が鉄砲で撃ってさ…。」
そこへ、青年が線香を挿した小瓶を持ってやってくる。視線の先に入るはずの少女の姿が青年には見えていない。少女も意に介さず鞠つきをしている。
「煮てさ、焼いてさ、食ってさ…。」
青年は街灯の下にしゃがみ、その場に小瓶を置いて、線香にマッチで火をつける。その小瓶は占い師に押し付けられたサービス品のそれである。
「それを木の葉でちょいと隠せ…。」
鞠をつき終わる少女。
道標をするように細長くゆらゆらと立ち昇る線香の煙を、青年はぼんやりと見つめる。
やがて線香の煙は風に乗って少女の元へと届く。すると少女は鞠を抱えたまま青年をじっと見つめ、ゆっくりと彼に近付く。少女の気配に気付かない青年。
青年の背後に立ち、少女は口を開く。
「あなたは、だあれ…。」
その声が聞こえた青年は驚いて振り向く。
しかしそこに少女の姿はなく、鞠だけがポツンと転がっている。
不思議そうに鞠を拾い、辺りを見まわす青年。そこにはもう彼ひとりしか居ない。
引き寄せられるように鞠をじっと見つめる青年。やがてゆっくりとその鞠をつき始める。
鞠は青年の掌に触れて、それから地面に触れる。色鮮やかなそれは手と地を交互に行き来する。
そこに宿るものを見つめるように。
なにかを鎮めるように。
青年は静かにその行為を続け、それを見届ける。
何かを思い出すように。
なにかが思い出されていくように。
強い風が吹く。咄嗟に鞠を抱える青年。
樹に咲く花びらが激しく散り、地面に落ちたそれもまた、大きく舞い上がる。
まるで青年を包み隠すように。
ひとりの人間を匿うように。
彼を飲み込んでいく花びらは高く舞い上がり、彼も、景色も、すべてを覆い隠していく。
〈終〉
逢魔ヶ刻の問答歌 市村みさ希 @kikakunigayomogi
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