1 舞い戻ってきた伯爵

 吸血鬼ドラキュラ伯爵を倒して、はや数週間が過ぎ、無事にクリスマスを迎えた。

 7年後の夏には件の地であるトランシルヴァニアを訪れ、ハーカー夫妻は7年前の世にも恐ろしく奇妙な出来事を振り返った。

 イギリスに戻ったハーカー夫妻は平穏な日々を過ごし、時にヴァン・ヘルシングがハーカー夫妻やその息子“クインシー”たちの元を訪れるのであった。


 そんなある夜、ミナ・ハーカー【原典の登場人物。ジョナサンの妻で旧姓マリー。持ち前の聡明さで伯爵の動きを予想し、登場人物たちの日記や手記、音声記録をタイプライターでまとめ上げた。伯爵に邪魔者扱いされ吸血鬼にされそうになった】は恐ろしい夢を見た。

 ドラキュラ伯爵が蘇った夢だった――。


 あれから数か月後の1900年11月。

 オランダ、アムステルダム市立大学の医学科教授であるエイブラハム・ヴァン・ヘルシングは、ハンガリー王国の某病院からの依頼で出張に出ていた。

 前回のドラキュラ伯爵を滅ぼした際の経験と知識を用いて、新たな吸血鬼の対抗策を近隣の国々の病院や大学に教え回っていた。

 そんなオランダへの帰り道。

 隣国ドイツからオランダへ入る国境を、夜、シュヴァルツヴァルトの近くの鬱蒼とする森の中を馬車で通っていると辺りから狼の遠吠えが聞こえてくるではないか。

 馬車に乗り合わせた乗客や馭者が怯えた様子で声を潜め、馬車を引いていた馬たちは恐怖に立ち止まってしまう始末。

「進めっ、進めっ!」

 馭者は震えた声で叫ぶと、鞭を勢いよく振るった。馬たちは驚いた様子で再度進み始めた。

 暗い森を進むに連れ狼たちの遠吠えが近づいてくる。乗客たちが馭者に、引き返した方が……と言ってくるが、恐怖に囚われた馭者の耳には届いていなかった。

 ヴァン・ヘルシングは馬車の窓から真っ暗な森を眺めた。

 明かりは馬車の行く先を照らすランタンと、夜空に浮かぶ三日月ぐらいしかなく、森の奥で待ち構えているであろう狼たちは見えない。

 その時。

 眼の前で遠吠えが聞こえたのだ。ものすごく近く、本当に目の前だった。

 馬車が急に止まり、馬たちは不安にいななく。

「進めっ! 早くっ――ひっ!」

 突然馭者が悲鳴を上げた。

 乗客やヴァン・ヘルシングは身を乗り出し、馬車の行く先を見つめた。

 眼の前には狼が三頭、牙を剥き、唸っていた。

「きゃぁぁああ! 狼よっ!」

「死にたくないっ!」

 乗客たちが悲鳴を上げる。ヴァン・ヘルシングも苦虫を噛んだような表情を浮かべた。

……どう対抗すればっ……。

 ヴァン・ヘルシングはいつも持ち歩いている鞄から手術用のメスを取り出し、立ちはだかる狼たちに対抗しようと、馬車を降りようとした。

 刹那、横の木々の影から別の唸る鳴き声が聞こえた。

 そちらに目を向けると、暗闇に浮かぶ燃えるような真っ赤な二つの目が見えた。それにはドキリとしたヴァン・ヘルシングだったが、暗闇から出てきたのはふさふさの真っ黒の毛で、体格の大きい、ただ体付きは痩せ細っており、脚が、少し捻っただけで折れるのでは? と思うくらい細い犬だった。鼻っ面も細長い、ここら辺では見ない犬だ。

 犬は鋭い歯を剥き出し、三頭の狼に迫ると、威嚇するように遠吠えを上げた。

 狼たちは一瞬怯んだ様子を見せるも、一斉に犬に襲いかかっていった。

 ヴァン・ヘルシングたちはただただ犬と狼たちのやり合いを見守ることしか出来ず、誰もが、犬は狼に殺される、と思っていたのだが、犬がリーダー格と思われる狼の首に噛み付いた。

 噛まれた狼は甲高い悲鳴を上げ、他の二頭が逃げ出し、犬の牙から逃れた狼も一目散に森の中へと逃げていった。

 怪我を負った犬は脚を引きずりながら馬車に近づいていく。

 狼を追い払ってくれた犬に対して、誰もが敬意を表し、馬車の扉を開け、犬を招き入れた。

 犬は野犬のようで酷い臭いがしたが、誰も文句を言う者はいなかった。

 馬車が再び進み、真っ暗な森の中を進む。

 ヴァン・ヘルシングは鞄の中から包帯を取り出すと、途中乗車してきた犬の脚の傷に巻いてやった。

「お前のお陰で助かった。ありがとう」

 ヴァン・ヘルシングが犬の頭を撫で回すと、犬は静かに目を閉じた。

 

 東の空が白み始めてきた。

 とたんに犬は立ち上がると、馬車の窓から颯爽と森の奥へと消えてしまったのだった――。


 翌日、朝。オランダのアムステルダム市立大学に戻ったヴァン・ヘルシングは、疲れ果てた様子で自身の研究室で、出張先での出来事をまとめていた。

 初老の体にはハードな出張だったらしく、報告書を書きながら深いため息をつく。

 その時、研究室の扉がコンコン、と音を立てた。

「どうぞ……」

 ヴァン・ヘルシングは書く手を止めることなく、呟くように言った。

「失礼するよ」

 入ってきたのは医学科の学部長だった。

「どうもヴァン・ヘルシング教授」

「これは学部長、どうされましたかな?」

 ヴァン・ヘルシングはようやく顔を上げ、学部長を見つめた。学部長は少々後ろめたそうな表情だ。

「教授もご存知の通り、大学の経営陣――市長や学長たち――は出費を抑えろと無理難題を言ってくる」

「まさかっ……」

 ヴァン・ヘルシングは目を見張った。

「そのまさか、なんだよ……。研究費については何とか現在維持を約束してくれたが、出張費に関しては――」

 ヴァン・ヘルシングは固唾を飲み、学部長の言葉を今か、今かと待った。

「自腹になったっ!」

「何だとっ!!」

 ヴァン・ヘルシングの叫び声が研究室の外の廊下まで響き渡ったのは言うまでもない。


 その日の夜。

 ヴァン・ヘルシングは大学近くの居酒屋で自暴自棄になって酒を飲んでいた。

 医学や吸血鬼に関しての研究や調査、講演には出張は付き物で、今後の給料と研究費だけでまかなえることは可能なのか? と苦心していた。

 酒をたらふく飲み、千鳥足で大学の研究室に戻る。

 その途中だった。

 一頭の、特徴的な体付きの、大きな黒い犬が道の向こうから歩いてきて、ヴァン・ヘルシングの前で止まり、座り込んだのだ。

「……ああ、あの時の……」

 ヴァン・ヘルシングには、眼の前の犬に見覚えがあった。

 ハンガリーからオランダへ帰る途中の馬車に乗ってきた真っ赤な目をした犬だった。馬車内で巻いてあげた包帯が未だにそのままだ。だが犬は真っ直ぐと立っており、傷は癒えているようだ。犬はハッハッ! と舌を出していた。

 ヴァン・ヘルシングはこの犬との再会に何か運命的なものを感じ取った。

 数年前に“本当の意味で”妻を亡くし、何もかも失って孤独に苛まれながら、がむしゃらに仕事に没頭してその孤独を紛らわせ、正気を保っていたようなものだった。

【原典時点(1893年)では、ヴァン・ヘルシングの妻は生きていた模様。1894年以降は不明】

 誰でも良い。誰か自分に寄り添ってくれる“誰か”が恋しくなっていた。そんな自分の元にこの犬が再び現れたのだ。ヴァン・ヘルシングは犬をまじまじと眺めた。

「……お前……行く当てがないのか……? 臭うな……。うちに来るか……?」

 ヴァン・ヘルシングがそう言うと、犬は立ち上がり、彼の隣についた。

「よし、報告書は明日で良い。帰るぞっ……」

 ヴァン・ヘルシングは千鳥足で歩き始めた。犬も続く。

 アムステルダムの郊外にある、こじんまりとした部屋に着くと、ヴァン・ヘルシングはスタスタと室内に入っていくのに犬は玄関前でお行儀よく座り込んだ。

「どうした? 犬。お入り」

 ようやく犬が室内に入ってきた。

 室内は埃まみれで、ガラクタであふれ返っていた。どうやら家主であるヴァン・ヘルシングはあまり自宅に帰れていないと伺える。

 ヴァン・ヘルシングはそのままシャワー室へと向かい、犬を手招きした。

「犬、洗ってやるぞ」

 犬は一瞬たじろいだものの、観念したのか浴室にそろそろと入ってきた。

 ヴァン・ヘルシングはワイシャツの袖を捲り上げると、石鹸と桶を用意し、犬の体を洗い始めた。

「うわ……すごい汚れだな……」

 犬の体を洗い終え、巻いていた包帯も外し、バスタオルで念入りに拭いていく。

 犬の全身が乾いたところでヴァン・ヘルシングは、飲み直しだ、と呟くと、キッチンの棚からウイスキーのボトルとグラス、残っていたチーズを取り出し、狭いリビングのソファーに腰掛け、ウイスキーを飲み始めた。チーズは犬に与えようとしたが、犬は見向きもしなかったのでヴァン・ヘルシング自身がウイスキーのつまみにした。

 少しして――。

「聞いてくれっ、犬よ。大学の経営陣は我々学者のことを解っていないときてる。研究費用は約束されたが、出張費が根こそぎなくなってしまったのだよ。酷いものだ……」

 ヴァン・ヘルシングは酔った勢いで犬に、今日の出来事の愚痴をこぼし、そのまま眠ってしまった。

 ヴァン・ヘルシングが眠ったのを確認した犬は、姿を歪ませて大きくなっていったかと思うと、高身長の紳士の姿になった。

 青白い肌に先の尖った耳。燃え盛る炎のような真っ赤な瞳と、血のように真っ赤な唇。その唇の上には豊かな黒色の口髭が綺麗に生えており、唇からのぞく犬歯は象牙のように白く、鋭く尖っていた。まさしく吸血鬼だった。

 男――ドラキュラ伯爵――は泥酔したヴァン・ヘルシングを見下ろした。

「ふむ、我が宿敵よ、何と無防備なことよ……」

 伯爵は顔をヴァン・ヘルシングの首元に近づけると、口をあんぐりと開け、鋭い犬歯を露わにさせた。

 ここでヴァン・ヘルシングの血を吸い尽くせば復讐は達成され、彼の死後、伯爵の“血族”、“同胞”となる。

 それも良いが――。

 伯爵は口を閉じると、室内を見渡した。

 どこも埃だらけで、書物やガラクタで散らかっている。

 伯爵は我慢が出来なかったのか、一つため息をつくと真っ黒なマントと上着、シルクハットを脱ぎ、ベストとスラックス姿になる。

 上着を綺麗に畳むと、ヴァン・ヘルシングの隣にそっと置き、その上にシルクハットも置く。マントは彼の体に掛けた。

 どこから取り出したのか、アームクリップを両袖に着けると、手袋を外し、鋭い爪を露わにさせた。


 鳥のさえずりと肌寒さで、ヴァン・ヘルシングは目を覚ました。彼の深い青色の瞳がゆっくりと開かれた。

「……ああ、ソファーで寝てしまったか……。ん?」

 自身に掛かっている真っ黒なマントに目が行き、思わず撫で回す。

……これは、高価な生地だ。私が間違えて、居酒屋で誰かさんのを持ってきてしまったのか?

 申し訳ないことをしてしまった、と反省しつつ、昨夜連れ帰った犬の姿を探す。

「犬……どこだ?」

「起きたか、エイブラハム・ヴァン・ヘルシングよ」

 背後からの男の声にヴァン・ヘルシングは飛び上がった。

「誰だっ!?」

 とっさに背後を見、目を見開いた。

 それもそのはず。

 ジョナサン・ハーカー【原典の登場人物。ミナの夫。伯爵の計画のためにルーマニアに呼ばれた。ククリナイフで伯爵の首を切断し、滅ぼした】たちが命を懸けて退治した吸血鬼がその場に立っていたのだから!

 ヴァン・ヘルシングは口をパクパクさせ、赤みを帯びた白髪混じりの髪を両手で掴んだ。

「な、何故……お前がっ……。あの時退治した、はずっ……。きっと夢だ! まだ眠っているのだな! 私――」

「ヴァン・ヘルシングよ、これは夢ではない。現実なのだよ」

 伯爵はヴァン・ヘルシングに屈み込むと、真っ赤な目を細め、口角をニタリと上げた。

 ヴァン・ヘルシングは震えるのを堪えながら伯爵を毅然と見上げた。

「一体どうやって入って――まさかっ!」

 ヴァン・ヘルシングははっ! と目を見開いた。

「あの犬はっ……」

「いかにも、余だ」

 伯爵は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

「ということは、オランダへ向かう途中、馬車を襲ってきたあの狼は……お前が呼んだものかっ!?」

「あれは違う。余なら“もっと呼べる”ぞ」

 伯爵の言葉にヴァン・ヘルシングは、脱力した様子でソファーに腰を下ろすと、両手で首筋を撫で回した。

 寝ている間に血を吸われたのでは? と心配したのだが、どうやら杞憂だった。

 改めて室内を見渡すと昨夜より綺麗になっていた。それに腹の虫が煽られんばかりの良い匂いが漂っている。

 ヴァン・ヘルシングは静かに立ち上がると、キッチンをそっとのぞいた。

 コンロには湯気の立った鍋があり、オーブンには焼き立てのパンが並んでいる。

「さあ、ヘルシング君よ、顔を洗って来なさい」

 ヴァン・ヘルシングは伯爵を警戒しつつ、渋々と洗面所へ向かった。

 洗面所で顔を洗う最中、ヴァン・ヘルシングは伯爵をのぞき見た。

 伯爵は意気揚々とテーブルに料理を並べている。

 それにしても、以前の残忍さは“薄まった”ように見える――そのように演じている可能性もあるが――。

……一度、否二度退治されたことで“成長”でもしたのか?

 果たして伯爵は、生前の記憶を取り戻しつつあるのか……。

……吉と出るか凶と出るか。


……う、うまい……。

 肌寒い朝にピッタリの、温かいエルテンスープ――えんどう豆のスープ――を、ヴァン・ヘルシングは悔しそうに飲んでいた。

 焼き立てのパンもふわふわしており、今まで食べたパンの中でダントツ美味しかった。

……吸血鬼なんかに、こんな美味しいものを食べさせられるとはっ……。

 そんなヴァン・ヘルシングの向かいには伯爵が椅子に座り、テーブルに両肘を突いては指を組んで、彼の食事風景をじっと見つめていた。

「美味いかね?」

 伯爵は自慢げに聞いてきた。

 ヴァン・ヘルシングがやるせなさそうに、無言でうなずくと、伯爵はご満悦そうに、そうか、そうか! と言った。

「伯爵よ……」

 ヴァン・ヘルシングが静かに尋ねてきた。

「何だね?」

「何しに来た? まさかアムステルダムをっ……」

 ヴァン・ヘルシングは伯爵を睨んだ。

 伯爵は一瞬目を見開いたかと思うと、不敵な笑みを浮かべた。

「余の目的は――君だよ。ヴァン・ヘルシング君」

 伯爵は肘を突いたまま右手の人差し指を伸ばすと、まっすぐヴァン・ヘルシングに向けた。

「君は“我々”不死者を研究しているのだろう? それに我が城は君に“浄化”されて入れない。どうかね? 余を――」

【ヴァン・ヘルシングは伯爵の城にホスチアを置いていった】

 伯爵が落ち着いた声で言い掛けたところでヴァン・ヘルシングが勢いよく立ち上がった。

「馬鹿なことを言うでない! 誰が貴様を傍に置いとくとでもっ?」

 ヴァン・ヘルシングが苛立つ中、伯爵は全くもって表情を変えず、冷静に彼を見上げていた。

 もう、伯爵の『ヴァン・ヘルシング観察記』は始まっていたのだ。

 それを悟ったヴァン・ヘルシングは、大きなため息をつき、再度椅子に座った。

 どうやら伯爵は何かを企んでいる様子もなければ、目的はヴァン・ヘルシングということで、自分の近くに置いといて見張っていれば、良いのだろうか? と考え始めた。

「研究と言ったな……? では、伯爵よ――」

 ヴァン・ヘルシングは眉を潜め、伯爵をまっすぐ見つめた。伯爵はニタリと口角を上げた。

「私の“モルモット”になれ」

「良いだろう。言い方が気に食わんが……。報酬は――」

 伯爵の言葉にヴァン・ヘルシングは固唾を飲んだ。

「毎晩、コップ一杯の血をもらおうか」

「ま、毎晩だとっ?」

 ヴァン・ヘルシングは度肝を抜いた。

「おや? 不服かね? それならば闇夜に紛れて吸血――」

 伯爵の呟きをヴァン・ヘルシングは慌てて遮った。

「分かった、分かったっ! 何とかする……」

 ヴァン・ヘルシングは落胆した様子で言った。

「楽しみにしているよ」

 伯爵は目を細めて言った。


 ヴァン・ヘルシングは身支度を整える。何故か伯爵が彼の着類を準備してくるのでどうも調子が狂いそうになる。

「自分で持ってくるっ……」

「すまないね。どうも余は、他の者の世話を焼くのが好きらしいとくる」

 伯爵はヴァン・ヘルシングのネクタイを綺麗に結ぶとベストとフロックコートの上着を差し出してきた。

 そういう伯爵の身なりは、シルクハットに、マントではなく真っ黒なロングのフレアコートをまとい、もうすっかり整っていて、どこかに出掛ける、と言わんばかりである。

「伯爵もどこかに行くのか? まさかっ、“獲物”の下見にっ――」

「君の大学について行く」

 伯爵の言葉にヴァン・ヘルシングは目をかっ開いた。

「つっ、連れて行くわけ無いだろう? 女子学生もいるんだぞ! お前の標的にされかねん!」

【1880年にアムステルダム市立大学の最初の女子学生の一人としてアンナ・ヴェーバー・ファン・ボッセが入学した】

「ほお、今時女人も学びの場に行くとは、時代は変わったものよ」

 伯爵は感心したように言った。

 伯爵が話を反らしてくるので、ヴァン・ヘルシングはドッと疲れた表情を浮かべた。

「案ずるなかれ。余の興味は今や君にあるのだ――」

 伯爵はズイッと顔を、ヴァン・ヘルシングに寄せると、その耳元で囁いた。

「この余を唯一追い詰めた男、だからな……?」

 体の震えを感じたヴァン・ヘルシングは、おもむろに伯爵の方を向いた。伯爵はニタリ、と黒い笑みを浮かべていた。

 ヴァン・ヘルシングは自身には似つかわしくない言い訳を口走った。

「しっ、しかし、私一人では――」

「君が来なかったら、余の計画は達成していたのだ。そうだろう? 教授殿?」

 ぐうの音も出せなかったヴァン・ヘルシングはふと、壁に掛けてある時計を見た。

「何てことだ! 遅刻するっ!」

「ふふふっ。早速遅刻かね?」

 慌てふためくヴァン・ヘルシングを伯爵が嘲笑った。

「誰のせいだっ!?」

 ヴァン・ヘルシングはフェドーラ帽子を慌てて被り、家を出た。


 






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