〜ヴァン・ヘルシング教授の助手・第一部〜
序章
1912年4月某日。
オランダ、アムステルダム市立大学の准教授で、エイブラハム・ヴァン・ヘルシング教授の教え子であるアドリアン・バースは、アムステルダム市内の某病院の病室を訪れた。
病室の隅のベッドには赤みのある白髪の老人が眠っていた。
彼こそが“エイブラハム・ヴァン・ヘルシング”である。
アドリアンは眠っているヴァン・ヘルシングの元に歩み寄ると、静かに声を掛けた。
「“先生”、こんにちは」
アドリアンの声に反応したヴァン・ヘルシングがゆっくりとまぶたを開くと、深い青色の瞳を露わにした。
「ああ、バース君。来てくれたのか。君にはよく苦労を掛けてしまうな……」
ヴァン・ヘルシングは申し訳無さそうに苦笑いを浮かべ、ゆっくりとサイドテーブルの上の丸眼鏡を取り、掛けた。
「とんでもないですよ」
そう言うとアドリアンは上着の懐から一冊の本を取り出すとヴァン・ヘルシングに差し出した。
「ありがとう」
ヴァン・ヘルシングはシワだらけの手を小刻みに震わせながら本を受け取ると、懐かしそうに本を眺めた。
その本はとても古く、表紙には『吸血鬼カーミラ』と記されていた。
「突然『カーミラ』が読みたい、と知らせを受けて、研究室の本棚を探しまくりましたよ」
アドリアンは深いため息をついた。
「すまない。私はいつでも突然でね」
「吸血鬼といえば、以前研究室に棺を置いていましたね。いつの間に片付けてしまったんですか?」
アドリアンが思い出したように尋ねた。
「“奴”はもう、いないからね。もう必要なくなったのだ……」
ヴァン・ヘルシングは空を見つめ、朧気に返した。するとアドリアンがベッド脇の椅子に腰掛け、改めてヴァン・ヘルシングを見つめた。
「先生、その吸血鬼との冒険談をまた、聞かせてくれませんか?」
アドリアンの真剣な表情にヴァン・ヘルシングは目をパチクリさせると、クスリと笑い、そうだね……と呟く。
ヴァン・ヘルシングは再度空に視線を向け、“記憶の引き出し”を開け始めた。
「あれは1900年の11月だったね――」
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