第6話 決戦! 魔王城!!

 そしてその日が訪れた。

 勇者が魔界にやってきた。


「回復に専念すれば助かる程度に加減したのです! このまま戦い続ければ死にますよ!?」

「舐めプされんのは嫌いでね!」


 後ろに下がる勇者に血を振り撒きながら追い縋り、満身創痍の身体で攻撃を繰り返す。片腕となった右手で魔氷の槍を放ち、竜爪を失った前肢に魔炎を纏わせ振り回すが、勇者の聖剣に軽くいなされるばかりで、まったく悪足掻きの域を出なかった。くそっ、こんなことなら氷炎魔法を合体させて極大呪文メド〇ーアを撃つ練習を本気でやっておくべきだった!

 勇者の言う手加減は事実だった。でなければあの袈裟斬りで俺の身体は両断されている。深手を与えて回復に魔力を割かせることで俺を殺さずに戦線離脱させるつもりだったらしい。お優しく余裕満々な勇者様だ。しかし俺には戦う理由があるのだ。

 この状況からわかる通り、結局対勇者結界は完成しなかった。代わりに魔王はその代替策を広く部下に求めた。


「貴様がもっと皆を頼れと言うからな」


 膝枕のときに確かにそんなことも言ったが、それを本当に実行した魔王様。これで日本的会議にありがちな様子見と責任回避の沈黙が漂ったらどうしようと思ったが、そこは俺の予想通り「お慕いする魔王様のお求めならば!」と皆がこぞって意見を出し合う闊達な議論が生まれた。

 そこに光明があった。


「ナメプはわかりませんが、謝りますので今は回復を! 勇者としてあなたのような美しい人を無為に死なせたくはない!」

「そう、いう、とこ……だっ!」


 天然舐めプの少年勇者に振るう攻撃は掠りもせず、吐いた罵声に絡みつく血が口と鼻に血の味と臭いを溢れさせる。血は刻々と失われ、視界が白く眩み出す。魔力も底が見えてきた。もはや戦闘形態も維持できず、身体は縮んで人型に変わっている。

 このまま動き続ければ冗談でなく死ぬ。

 二度目の死。

 死。

 死――、


「――まだまだぁっ!」


 それでも俺は時間を稼がなければならない。魔力を振り絞って生み出した漆黒の魔槍の柄を握り、全身全霊の一撃を繰り出す。その先に光明があるのだから。


「勇者は強い。個の力で対抗できるものは魔界にはいません」


 これは勇者対策の議論の場であらためて確認された事実であり、それは同時に別の事実の証明でもあった。


「ですが逆に考えれば勇者は個の力に過ぎないとも言えます」


 この事実から導き出せる魔界側のアドバンテージを考察した結果、得られた結論は次のものだった。


「勇者の個に対して魔界には魔王を筆頭とする組織があり、統率される数百万の臣民がいます。個々の力は微々たるものですが、これを束ねてぶつけられれば強大な勇者にも対抗できるのではないでしょうか?」


 それはつまり――、


「死を決意するなら――仕方ありません」


 俺の渾身の魔槍を聖剣で容易く受け流した勇者は、当て身で俺の身体を軽く吹き飛ばすと追撃の剣を構えた。


「苦しませずに一太刀で」


 必殺の剣。

 首筋へ迫る白刃。

 死が。

 届く――、


「遅くなった」


 死の剣先から俺を抱き上げる白い手が見えた。骨の手。


「遅ぇよ……バカ」

「魔界すべての魔力を受けるのは想定よりも時間が掛かった。すまん」


 俺の悪態に真面目に謝る骸骨魔王は、その全身に強大な魔力を纏っていた。

 結界に代わる勇者への対抗策――俺が開発し魔界全土に突貫工事で張り巡らせた送電線ならぬ送魔線網によって魔界中に暮らす数百万の魔族の魔力を魔王城へ集め、これを魔王に注ぎ込んで勇者との決戦に挑む作戦。

 つまり――ヤ〇マ作戦である。もしくは元〇玉って奴だ。


「……時間稼ぎはして……やったから、な」

「恩に着る」


 この作戦の弱点は勇者がいつ攻めてくるかわからないため、侵攻されてから魔力を集める後手を踏まざる得ない点にあった。そのため作戦の成否は勇者襲来後に魔力を集める時間をいかに稼ぐかに掛かってくる。この重大な役割を担ったのが俺だった。何故ならこの魔改造キメラボディが、今の魔界で魔王に次ぐ戦闘力を持つ個体であったからだ。


「客人である貴様に頼む話ではない」


 勇者は強い。この時間稼ぎは命懸けになる。だから魔王は俺の志願に反対した。


「バカ」


 しかし俺はこれを運命だと感じた。


「家族は守らせろ」


 戦う力のある身体。守るべき存在。想い果たせず病死した前世。二度目の人生を得た理由としては十分だった。


「……勝てよ」

「ああ」


 役目を終えた俺の身体を地面に寝かせた魔王が、俺を背にして勇者に立ち向かう。


「あなたが……魔王?」


 勇者の問い掛けに頷きだけ返した魔王は、左手を頭より高く上げ、右手を腰の下あたりに据え、両足を肩幅程度に軽く開いた構えを取って勇者に対峙した。


「ならば――勇者としての使命を果たさせていただきます」


 勇者の聖剣が白く輝き、低い音で鳴動を始める。

 その音は徐々に高まり、溢れ出す聖なる気が白銀の砂を振り撒いたような輝く風を吹かせ出し、それはやがて暴風の勢いにまで成長し――一瞬の静けさが訪れる。

 音もなく輝く聖剣。

 本気の一太刀が来る。

 破魔必滅の勇者の一撃。

 魔王は同じ構えのまま微動だにせず、その一撃を待つ。


「参ります」


 俺の目には勇者が消えたように見えた。

 迎える魔王の右手が動く。

 そして聖剣の白い輝きと魔王の黒い魔力を纏った右手が接触したのを見た瞬間、白と黒の閃光が俺の視界を覆った。


 聖魔相克現象。


 通常、聖気と魔力がぶつかると俺の暗黒魔力が聖剣に減衰させられたように、より強い力の方に吹き消される。

 しかしその力が拮抗すると、互いの力を相克しようとする反発力が逆に力を増大させる現象が起きる。これが聖魔相克現象であり、先代魔王と勇者の戦いはこの激突によって互いに制御不能に陥った力の爆発により相討ちに終わったとの話だった。

 それはつまり制御できれば勝てるという話でもある。

 そしてそれは千年を魔法研究に捧げた魔王が最も得意とする分野であった。


「な!?」


 拮抗し増大する力に耐えるように硬直する勇者に対して、聖剣を受けた右手から迸る反発増大した魔力の奔流を制御して左手へと流した魔王は、その勢いのままに左手を動かす。

 驚きの声を上げる勇者に魔王の手刀が振り下ろされる。


「ぐっ!」


 右腕で勇者はこの一撃を受けた。へし折れる腕。しかし耐えた。聖剣はさらに輝きを増し、聖魔の拮抗は崩れない。

 そこに魔王の声。


「去れ、勇者よ」


 勇者の正面。魔王の胸の前に魔法陣が開き、聖魔相克により放散される魔力が集束されて注ぎ込まれ――、


「あ」


 放たれた。

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