第13話
すみれは、別れ話を切り出そうと次に会う日程を手紙で知らせた。とても、辛くて、辛くてたまらなかった。それは、社長から最初に仕事を教えていただいたり、社長の自分への想いや今までの恩を考えたうえでの苦渋の決断だった。大作はまた、会えるのかと思いながら喜びに満ちていた。桜の花が散る寸前の季節だった。そして、遂に時を迎えたのだった。大作は桜の木の下でいつものように待っていた。そこにすみれが現れた。
「大作さん・・・」
「すみれさん、会いたかったよ。
「実は・・・」
すみれは重い口を開こうとしたが途中でとまってしまった。大作はすみれの表情が悲しみを帯びているのが手を取るように理解できた。
「どうしたの。何かあったの。」
「いえ・・・」
すみれは何も言うことができなかった。大作は何が起こったのか全くわからなかった。まさか、この時はすみれが別れ話を切り出そうとすることは夢にも思っていなかったのである。すみれはなかなか別れ話を切り出すことができなかった。大作は桜の花が散りそうなので結婚式をあげるつもりだったのだ。しかし、互いの想いは異なった。大作はすみれが元気がないのが気がかりで結婚式をあげようと言えなかった。
「すみれさん、元気が無いけど疲れたのかな。今日も温かいし朝まで一緒にいよう。」
そう言う他に大作は何もすることができなかった。しかし、すみれは口を開こうとはしなかった。
「どうしたの、すみれさん。」
「いえ、そうしましょう・・・」
すみれはそれだけしか言えなかった。それが精一杯の答えだった。すみれは最後の夜にしようと決心したのであった。悲しかった。ただ、ただ悲しかった。すみれは悲しかったのだ。大作はなんとかすみれの笑顔を見たいと思いいろいろ冗談を言ったりするがすみれのいつもの笑顔を見ることができなかった。大作は必死に探していた。すみれが喜ぶものを探していたのだった。しかし、すみれの表情は暗かった。
すみれも悩んでいたのだ。いくら社長に恩があろうとも婚約したのならそうすべきだと。すみれは優し過ぎたのだった。ただ、それは大作にはあまりにも冷た過ぎた。
すみれは、それもわかっていた。すみれは、どうすればいい、どうすればいい、そう思うばかりだった。しかし、大阪の会社にいってどれだけ社長に助けられたかと思うと、すんなり、大作との結婚を受け入れられなかった。もし、仮に大作と結婚したならば社長にも伝えないといけない。本来であれば結婚式にも招待すべきではないかとも思っていたのだ。すみれはすみれなりに奇跡を願っていた。自分の心の変化だ。
大作と結ばれれば何も問題はないのだ。何も問題なかったのだった。それをすみれは簡単にはできなかったのだった。残酷に夜は静まり返り始めた。繊細な大作はやっと気づいた。いつも持ってくる、お弁当がないことを。次第に状況を理解し始めた。悲しい状況をだ。しかし、理由は分からなかった、思いつきもしなかった。
すみれも別れ話を切り出すことができなかった。結婚したかったからだ。大作と結ばれたかったからだ幸せになりたかった。素直に結婚すればいいのに、それができなかった。しかし、すみれは強かった。遂に決心したのだ、今日の夜だけ幸せに過ごして明日お別れしようと。それから、大阪での出来事を話し始めた。次第に雰囲気は明るくなっていったがすみれにとっては偽りにしかすぎなかった。大作は必死だった。すみれは精一杯の気持ちをふりしぼるしかなかった。すると桜の花が散り始めた。ゆらり、ゆらりと・・・そして二人は互いの本当の気持ちをだすことができたのだ。それは優しく溶け合った。儚い瞬間は永遠だった。朝と夜の区別はなかった。
周りが明るくなり始めるとすみれは言いかけた。
「大作さん・・・」
すかさず、すみれの気持ちに気づいていた大作は最後の賭けに出たのだった。
必死の想いでつたえた。悲しい最後の賭けであった。
「結婚式をあげよう。」
「ごめんなさい・・・」
それ以上、すみれは言えずそう、大作に伝えると、すみれは走った、裸足のままで走った。すみれは頭が真っ白になるくらい必死で走った。追いかける大作
「どうしたの。すみれさん。待って下さい。」
すみれは、泣きじゃくりながら言った。
「ごめんなさい・・・」
「どうして、すみれさん・・・待って下さい・・・」
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
すみれは、その言葉を繰り返すしかなかった。できなかったのである。そして、追いついた大作はすみれを後ろから抱きしめた。それから、こう言い放った。
「すみれさんと結婚式のためにすみれさんの好きな花模様の指輪を買ったんだよ。すみれさんは花が好きだったじゃない・・・」
大作も顔は涙でいっぱいだった。すみれは呆然としていた。しかし、大作はそれ以上言えなかった。すみれの溢れる涙を見ると言えなかったのだ。あまりにも悲し過ぎたのだ。二人の出来事はあまりに悲し過ぎたのだ。すみれが買ってきた花嫁人形と同じようにすみれは大作の元へ歩いていくことができなかったのだ。大作は抱きしめていた手を振りほどいた。最後に大作はこう呟いた。いつか、花模様の指輪を受け取ってください。その言葉を聞き、すみれは必死で走り去っていったのだった。大作は追いかける気力はもうなかったのだった。次第に遠くなっていくすみれを見続けることしか大作にはできなかった。大作は次第に意識が遠のいていくような感じでいつの間にか大作はその足で海へ向かっていた。もう生きていく自信がないというより壊れていた人形のようだった。次第に白い砂浜から海の奥の方へ向かって行った。大作には昇る朝日すら見えなかった。ただ、ただ、歩いて海の中の方へいくだけだった。
次第に海の中に入って、足元からの水音の冷たささえ感じなかった。海水が腰元まで行った時に誰かの声が強く響いた。
「ナニヲシテイル、ヤメルンダ。」
声をかけたのは以前に会ったトーマスだった。トーマスは海水の中に入り大介を抱きしめた。
「ダイジョウブ。ダイジョウブ。」
それを繰り返すだけだった。しかし、大介を強く抱きしめて助けたのだった。トーマスとの再会だった。海水は冷たかったけれどもトーマスの体は温かった。トーマスは大柄であったので大作をおんぶして大作の家まで連れて帰っていった。
清美は完治すると気が気でならないことがあった。それは仕事だけではなく、ボランティア活動のこともあったからだ。子供達が元気に過ごしているだろうかと闘病生活の中においてもそう思っていたからだ。仕事が終わるやすぐに施設にボランティアに向かった。そして、園長をはじめ、悠太や他の子供達が待っていた。子供達は皆が花束を持ってまるでお母さんが帰って来たように清美を迎えた。そして、再び施設においてのボランティア活動が始まった。清美も子供の頃に戻ったようにはしゃぎ、子供達とふれあっていた。やっと、この日が来たと思うと清美はうれしくて、うれしくてたまらなかった。そして、いつか、直哉との子供が出来た時のことも想像していたのだった。悠太は右腕がかなり回復しており、施設を退居して母親と一緒に暮らすことになった。今日は悠太のお別れ会だった。あれほど、辛いリハビリもなく今は健常者と同様に生活ができるようになったのだ。明るくて優しい悠太は、不安はあったものの普通学級に行って何も問題なさそうだった。さらに、母親と離れている寂しさもなくなるのだ。悠太は施設の友達と別れるのは辛かったがその先には明るい幸せが待っていた。すみれは悠太と別れる寂しさはあったが悠太の幸せを祈るばかりだった。施設の友達達は悠太を祝福して賑やかではあったが名残惜しくお別れを迎えるのだったのだ。今度は清美と直哉の幸せの時が来るばかりだった。季節は廻り時期がやってきたのだった。
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