第14話

すみれは走った、走った、頭の中が真っ白になろうとも走った。涙が溢れ止まることはなかった。悲しくて悲しくてたまらなかったのだった。そして、翌日、大阪へ向かったのだ。大阪には会社の社長が待っていた。すみれは、大作のことをどれほど強く思ったのだろうか。涙に溢れる清美の異変に社長はすぐさま気づき声をかけたのだ。

「すみれさん、どうしたの。東京で何かあったのかな。」

「いえ・・・」

そう答えるのが精一杯だった。しかし、今度は社長に別れを告げなければいけない

そう思うとすみれは呆然になった。社長はさらに話しかける。

「どうしたんだ、私に話してごらん。何でも相談に乗るから。」

すみれは何も言うことができなかったのだ。社長はすみれの様子を見て優しく静かに伝えた。

「今日はもう仕事はいいから、アパートでゆっくりしなさい。」

「はい・・・」

本来ならば別れを告げるはずだったのに、そう答えてしまったのだった。翌日は出勤した、今日こそは別れを告げなければとおもったからだ。辛かった、すみれの精神状態は限界だったのだ。しかし、社長はすみれの想いを悟ったのだった。すみれが何を言わんとすることを悟ったのだ。そして、こう告げた。

「すみれさん、私は君を愛している。でも君は私のことをそうは思っていない。ごめんね、私が気づくのが遅かった。すみれさんのお母様の借金も家を建てたことも気にすることはないよ。返す必要もない。ただ、愛する人の元へ行きなさい。その代わり、最後に抱きしめさせてください。」

そう静かに伝えると、社長はすみれを優しく抱きしめたのだ。そして、最後のメッセージだった。

「すみれさん、今までありがとう。私のために一生懸命働いてくれて。もう、アパートに帰りなさい。何より自分を大事にして幸せになりなさい。時が必ず、すみれさんを癒してくれるよ。」

そう、社長が伝えると、すみれは泣き崩れた。社長が優しく再度抱きしめてアパートまで帰れるようタクシーを呼んだのだった。結局、すみれは何も言えず。タクシーに乗り込んだ。精神状態は既に限界を通り越していた。運転手もあまりにも呆然としているすみれを見てアパートの部屋の入口まで送り届けたのだった。社長との別れは幸いにも社長が解決してくれたのだ。そして、もう再び会うことはなかった。外は悲しみの秋風が吹き静かにすみれとの時の幕を下ろしたのだった。


清美と直哉は幸せの絶頂の時を迎えた。今日は結婚式のウエディングドレスを選びに二人で専門店に行った。清楚なものからきらびやかなドレスが清美の目に写って心が舞っていた。清美は清楚な感じの白く美しいウエディングドレスを購入した。しかし、今までの苦労なども考えると将来にそなえて高価なものは控えたのである。結婚式は来月だった。時が来るのを指折り数えるほど待っていた。施設の子供達も車椅子に乗って参加することになっていた。子供達も普段から可愛がってくれている清美達の幸せを幼くとも祈っていたのだ。ただ、直哉はどうしても援助してくれた老人のことが気になって仕方なかった。それは清美も同様だった。果たして老人が元気にすごしているのだろうかなどと二人で話したりするのだった。恩人でもある老人をどうしても招待したかったが、何処の誰であるかすらわからなかったので諦めるしかなかった。準備は着々と進み遂に結婚式の日がやってきた。結婚式は小さな教会で行われた、施設の子供達は車椅子のために教会内の両サイドに陣取られた。小さい子供達なりにきちんと正装をしていた。沢村WBG銀行からも支店長をはじめ同僚が祝福に来てくれたのだ。そして、直哉は清美に話しかけた。

「やっと僕達はここまで来れたね、僕は清美さんを必ず幸せにするからね。」

「ありがとうございます。」

そして、式が行われた。柔らかなオルガンの音と賛美歌が静かに優しく響いていた。

清美と直哉は幸せそうに神父の元へ歩んでいき、愛を誓い合った。そして結婚指輪の交換も行われた。二人の幸せの門出だった。支店長をはじめ施設の子供達から花束を受け取り幸せな中で式はささやかではあったが、参加者から祝福されて行われたのだった。新婚旅行は沖縄に行った。当初は海外に行く予定であったがかねてから、清美は沖縄の美しい海をはじめとする自然に憧れていた。幼い頃から苦労していた清美は今後の新婚生活の貯えが必要と思ったのだ。海が好きだった清美の要望でのことだった。沖縄の海はどこまでも青く透き通り白い砂浜も印象的だった。そして、二人を歓迎しているようだった。今までの二人の苦労が走馬灯のように二人には写し出されたが海の広さと同様にどこまでも幸せが続くように思われた。二人は永遠の愛を誓ったのだった。深い悲しみの中にもどこまでも広がる幸せもあった。

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