第9話

大作は右腕が完治すると、今まで以上に頑張って働き始めた。もう少しで、あのデパートで売っている舶来品の花の指輪が買えるそう思うと手に取る金槌で叩く釘が柱を打つ音は元気に響いていた。そこに、棟梁が現れた。棟梁は大柄であたかも大工の棟梁であるような雰囲気を醸しかも出していた。

「大作、明日が楽しみだな、今月は頑張ったから懐も温かくなるぞ。」

「ありがとうございます、棟梁。」

大柄でいつもは厳しい棟梁が優しく話しかけた。大作は明日が待ち遠しくてたまらなかった。翌日になり賃金をもらった大作は大きなガラスケースに入った優しい花模様の指輪を眺めた。これで、買えることを実感して喜ぶすみれの姿を想像した。

購入できるだけのお金は準備していたが、ガラスケースの中の花模様の指輪を眺め続ける時間は長かった。そして、念願の指輪を購入できたのだった。後はすみれが大阪から帰って来て突然、求婚して渡すつもりだったのだ。大作はすみれのよろこぶ笑顔が頭から離れられず家路へと向かった。一方で大阪ではすみれが、仕事のスケジュールを管理していた。正式に社長の秘書として採用されていた。働いて貯めたお金は全て母に仕送りをしていたのだった。沢村銀行も大阪の老舗の会社とはつき合いも長く大きな融資などもあったために、実質、すみれは大阪の会社に移籍したような形だった。社長はやや大柄で年は50代くらいの年齢であった。社内でも社長の優しい性格は評価されており女性従業員の憧れの的であった。しかし、社長はすみれの優しさと美しさに夢中だった。相変わらず、毎日のように食事をともにするが、社長もあまりにもすみれが愛おしかったのか交際を申し込むことはなかった。娘のようなすみれに対して申し訳ないという気持ちがあったのかもしれない。すみれにとっても社長は父親の様にも思えて社長に対する信頼は大きかった。ただ、実家が火事になったことは恥ずかしくて言い出せなかったのである。大作に話してしまったことすら後悔していたので当然のことであった。

「すみれさん、今日も夕食に行こうか。」

「はい。」

すでに、すみれには高級な食事が慣れてすっかり社長とは親しくなっていたのだった。それでも、大作のことを忘れる日は一日もなかったが東京に帰る機会もほとんどなかった。大作が恋しくて恋しくてたまらない日々が続いた。大作も同様だった。

はたして、大作とすみれが幸せになれる日が来るのだろうか。



清美は直哉が購入した薬の効果も表れ始め、ある程度回復していった。そして、寝たきりと病から来る動かなくなった手足のリハビリが開始されることになったのだ。

直哉は日中は仕事のため、清美のそばにいることはできなかった。さらに、薬代を稼ぐために引き続き駐車場のアルバイトで二人が会う機会が減っていったのだった。

リハビリは辛く清美は投げやりになりそうになることもあった。なかなか、直哉に会えず寂しい想いはあったが頑張っていかなければならないという気持ちが強かった。

そのため、徐々に回復していった。何より直哉の頑張りが回復への道のりを短くさせていたのかもしれない。しかし、直哉は深刻だった。借金が膨らんでいき働いても働いても、薬代を買うだけの収入はなかった。もしも、薬が入手できなくなったら清美の状態は悪化するのが心配でならなかった。やっとのことで回復してきただけに、直哉はどうすることもなく自分の力のなさを責めるばかりだった。そこに、救世主が現れたのだ。ある日、もう限界だと思った直哉は普段は一切飲まない酒を多量に飲んでしまった。自分を見失ってしまい、海にでも飛び込もうと思ってしまったのだ。そして、タクシーに乗り込み東京湾まで行った。直哉の目の前には海が広がっていた。すでに意識もうろうとしていた直哉は海に飛び込もうとしたところ、一人の老人が遮った。

「待ちなさい、君。」

直哉は少し我に返り老人を見つめた。そして、自分が何もできない辛さに男泣きしてしまったのだ。途方にくれている直哉を見て老人は優しく話しかけた。

「どうしたのかね。」

直哉はすっかり酔っていたが今までの事情を老人に話したのだった。すると、老人は呟いた。

「私が助けてあげるから大丈夫だよ。」

そう言いながら、直哉の住所と仕送りをするための直哉の銀行口座番号を聞いたのだった。直哉は正常な状態ではなかったので、つい、教えてしまったのだった。そして、老人は名前も告げず感慨深げにその場を離れてタクシーを呼び直哉を送り届けたのだった。直哉は老人の名前すら聞くのを忘れるほど酔っていたのだ。翌日になり、直哉は給料日だったので銀行で出勤した際に記帳された通帳には多額のお金が振り込まれていた。直哉は昨日のことはほとんど忘れており驚愕した。そして、神様ともいえる老人を思い出し感謝するのだった。奇跡は起きたのだ。

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