第8話

すみれの元に母親からの手紙が届いた。


すみれへ


元気にしていますか。私は相変わらずですが、実は悲しいことが起こってしまいました。家が火事になってしまったのです。そのため、住むところがなくなり、今は親戚の家に仮に住まわせていただいています。家にあった家財道具や僅かばかりのお金も燃えてしまいました。すみれは大阪で頑張っているのに申し訳ないですが一度家に帰って来てくれないですか。こんな馬鹿なお母さんを許してください。


母より


どうして、家が火事に・・・ただでさえ、貧しかったのに・・・社長に相談しないといけないと思い、すぐさま、社長に相談に行った。

「社長、突然で申し訳ありませんが、一度、東京に帰らせていただけないでしょうか。」

「何かあったのかね。」

すみれは、社長に母からの手紙を渡して読んでもらったのだ。

「そうか、大丈夫だよ。しばらく、東京に帰りなさい。なに、仕事のことは心配することはないから。」

「はい、ありがとうございます。」

社長は優しくすみれの願いを受け入れてくれたのだった。すみれは悲しい気持ちでいっぱいだった。火事で僅かなながらの財産と家を失ったことは、母を大事に思うすみれにとっては辛い現実だった。しかし、気持ちは複雑なもので、久しぶりに大作に会えるという期待も心を占めていたのだ。あるべきはずの家にいくと、やはり、空き地になっていた。親戚の家に行ってみると母の気持ちが伝わってきた。親戚といっても、そう近い関係ではなかったので母は肩身の狭い想いをしているということがすぐに理解できた。そして、母を慰めるすみれであった。今後の母の自宅のない生活を考えると不安で不安でたまらなかった。しかし、すみれの心の中にはいつも大作がいたのだった。迷うことはなかった。すぐさま、桜の木の下に行った。もしかしたら、そこにいるのではないかと思いながら。そこには大作がいた。しかし、表情は悲しげに見えたのだった。そして、すみれは大作に背後から声をかけた。

「大作さん、お久しぶりです。」

大作の顔の表情が誰が見てもわかるように一瞬だけ明るく輝いた。そして、すみれに答えた。

「すみれさん、ごめんなさい。大工仕事で作業現場の家の二階から落ちて、右腕を骨折したのです。それで、返事を書くことが出来ませんでした。」

そう、申し訳なさそうにすみれに伝えた。すみれは自分が嫌われたり、新しい恋人ができていなかったことがわかり安堵の表情を浮かべていた。二人は互いに近況を話して励まし合った。僅かながらの幸せな時が流れたのだった。大作は今のすみれの家が火事になった事情を知るといてもたってもいられなく何とかしてあげたいと思った。しかし、大作は今の生活でさえ一杯であったので何もできない自分に腹立たしさを感じた。しばしの時を過ごし、二人は次にまた必ず会うという約束をして別れたのだった。



直哉は銀行の同僚から都内の有名な医師を紹介してもらえることができ異なる病院へ連れて行った。その分野の病気を専門にされているようであり、病院も決して新しくはなかったがさまざまな設備がある大きな病院であり診察の時を迎えたのだった。

診断の結果は残酷だった。数万人に一人しか発症しない程度の全身の難病であった。医師からは完治するためには本人の努力と国内では販売されていない保険外の薬が有効であるとの説明を受けた。しかし、医師から聞いた薬はかなりの高額のものであった。しかも病院では処方できなかったのだ。清美も直哉も地獄の底に突き落とされたような気持ちでいっぱいであった。ある程度回復したら安静を保ちつつ、少しずつリハビリをする必要もあったのだった。直哉は薬を購入するために、いろいろ入手先を調べたがやはり入手は困難を極めた。ようやく入手できたがやはり高額であった。直哉は借金をして購入したのだ。しかし、このことは清美には言わなかった。言えば優しい清美は当然に反対するのがわかっていたからだった。直哉が病院へ行くと、普段はベッドでぐったりしている清美も必死で元気につくろった表情をして直哉に話しかけた。

「直哉さん、私は必ず治りますから、でも直哉さんは・・・」

途中までしか言葉が続かなくて笑顔からは涙が浮かんでいた。清美は自分のために必死で支えてくれる直哉に申し訳なく思っていた。それは日に日に高まっていったからだった。直哉はそれに対して優しい笑顔で答えた。

「大丈夫だよ、清美さん。僕は清美さんを愛している、だから何でもできるよ。必ず良くなるから僕と幸せになろう。」

そう、清美に告げると、清美は涙が溢れて止まらなかった。それを見た直哉は優しく清美を抱きしめるのだった。しかし、清美は直哉の温もりを感じつつ、申し訳ない気持ちで胸が一杯になった。二人へ吹く風は冷たくそれは二人の心に残酷に突き刺さった。

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