第7話

大作はもともと体も大きくなく体力はある方ではなかった。毎日、早朝からの新配達の仕事をすませて、疲れが残っていながらも毎日といってもいいほど大工の見習いを一生懸命にしていた。笑顔で頑張っていたのだ。それは、いつもすみれの笑顔が心の中にあったからだった。大工仕事の現場では棟梁をはじめ職人の活気の良い声が飛び交っていた。

「大作、何をやっているんだ、昨日もちゃんと教えただろう。」

「申し訳ありません。」

「馬鹿野郎。」

「気をつけます。」

「もう少ししたら、賃金がでるぞ。それまでだ、大作、新聞配達も大変だけど頑張れ。わかったか。」

「はい。」

体力的にも強くない大作は、それでも幸せでいっぱいだった。すみれの笑顔が待っているということとある目標があったからだ。それは、大作の密かな想いであった。それがあるからこそ、いくら棟梁から怒られようとも決してくじけることはなかった。ある日、大作は仕事現場で住宅の二階の柱に釘を打っていた。その日は雨がぱらついていたせいもあったのだろう。悲しい出来事が起きてしまった。大作が二階から落ちてしまったのだった。現場は騒然となり、職人達はどうすればいいのかよくわからず、右に左に走り回るばかりだった。大作は気を失い、棟梁の判断で病院に職人達から支えられて病院に運ばれた。幸いに頭を強く打ったわけではなかったが右腕を骨折してしまった。日常の生活は困難であった。食事は母親に手伝ってもらい何とかできたが不自由な辛い日々が続いたのだった。しかし、それ以上に悲しいことは、すみれに手紙を書く事が出来なくなったのだったのだ。大作にとって、手紙を書けない事が何よりも辛かった。新聞配達も大工の見習いも当然ながら休むことになり、頭が空白になる事が多く届かない想いが大作を支配したのだった。さらに追い打ちがかかるようにすみれからの手紙は次から次へ届くのである。返事が書けない腹立たしさと悲しみが大作を襲う。母親に返事を書いてもらえばいいものの大作は恥ずかしくて頼むことができなかったのである。悲しくも運命の歯車が狂ってきた瞬間だった。一方ですみれは、大作からの手紙が来なくなったことに胸を痛めていた。しかも、会社の社長からは毎日のように食事に誘われていた。そして、仕事上や普段の生活における出来事の相談をするくらいまで信頼関係ができたのだ。すみれの会社の社長は優しかった。すみれがいくら仕事で失敗しようともかばってくれていたのだった。しかし、すみれは悲しくて悲しくてたまらなかった。大作と会えなくなったからだ。大作とどれだけ会いたかったことだろうか。もしかして、東京で大作が新しい恋人ができたのではないかとも思ったりすることもあったのだった。不安な日々が長く続いたのだった。二人の距離が近くなる日が果たして訪れるのだろうか。



悠太の手術は成功した。施設の職員達も大喜びであり再び明るい灯が輝いた。しかし、手術に成功した悠太には試練が待っていた。それは右腕のリハビリが継続的に必要だった。リハビリを継続するためにはリハビリによる痛みに耐える力と根気が必要であった。しかし、悠太は辛い表情を見せなかった。いくら、辛かろうとそのような表情をみせることはなかった。ただ、ただ、右腕が動くようになるという夢が持ちながら頑張り続けた。ある日のこと、清美と悠太の母親と病院へ行った時のことだった。その日は雨が降っていた。二人は傘を差しながら、病院を渡る横断歩道で二人は手術の成功の話などをしていたのだ。

「お母さん、よかったですね。」

「はい、清美さん、ありがとうございます。」

「もう少しで病院に着きますね。」

「ああ、危ないい。」

キー バン

「お母さん、お母さん、しっかりして。」

悠太の母親は信号無視をした車にはねられたのだった。すぐさま、目の前の病院に運ばれたが重傷を負った。そのため、母親は仕事ができず、生活費や医療費の自己負担分の支払いが困難になったのである。ある程度回復するまで約1年ほどかかるとのことを医師から清美と直哉に告げられた。悠太の母親は定期的に面会に来ており、悠太もそれが楽しみだった。それが、できなくなり悠太の悲しい顔を見たくなかったために清美と直哉の決心は早かった。二人は母親を援助していくことにしたのだ。

二人とも就職して間もなかったので厳しい生活を与儀なくされた。ある日のことだった、清美の銀行内で仕事をしていた時の出来事だった。銀行の仕事も忙しかった。

支店長はせかすように清美に仕事のことについて尋ねた。

「清美さん、そろそろ、融資先の書類はできたよね。」

「支店長それが・・・」

「それがじゃ困るよ。」

「大丈夫です、その書類は僕が仕上げますので。」

そう、直哉が助けてくれた。しかし、本当の苦しみはこれだけではなかった。二人が銀行に内緒で始めた夜のアルバイトであった。車の駐車場内において誘導を行ったり、受付などの仕事だった。清美は仕事と銀行に内緒でアルバイトもしており心身の疲労が積み重なっていった。さらに不幸な出来事は続いた。清美が倒れたのである。直哉は慌てて、すぐさま救急車の手配をした。仕事は代理の人を読んでもらい救急車に一緒に病院まで搬送したのだった。原因は過労ではとのことだったが・・・直哉はいてもたってもいられなかった。最初はしばらく自宅で安静にしていれば回復するとの医師の説明であった。しかし、1週間経過しても、清美は体全体に激痛が走り立ち上がることでさえ困難になっていった。直哉はただの過労とは思えず、いろいろ情報を集めてなんとか清美の元気な姿を早くみれることを祈ったのだった。


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