第4話 秋色の祈りの風

すみれと大作の季節は幸せな秋を迎えた

「大作さん、ここから1キロくらい行ったら山があって、そこのコスモスがきれいだそうです。今度、一緒にいきませんか。私は今まで大作さんにお弁当らしいお弁当を作ったことがなかったので、一度、お重に入れて作って食べたいと思うので・・・」

すみれは明るく楽し気ではあったが申し訳なさそうな表情も浮かべなが話しかけた。この頃から、大作は女性に対する恥ずかしさも薄らいで、すみれと親しくなっていた。

「そんなことはないよ。お弁当は時々作ってくれるじゃない。」

そう、大作が言うも確かにすみれが言うように、お弁当というには寂しいものだった。それだけ、二人の生活は苦しかったのである。

「いいね、行こうか。すみれさんの本格的なお弁当も食べたいな。」

「もちろん、作ってきますよ。でも、私は料理は下手ですがよろしいですか。」

大作はうれしくて、うれしくてたまらなかった。すみれは、この時のために豪華なお弁当を作ろうと以前から計画していた。そのために一生懸命にお金を貯めていたのだった。

「とっておきのものを準備しますから、それまで何も食べずに我慢していてください。」

すみれはおどけて、そう大作に伝えた。二人の笑い声が澄み渡る透明な秋空に響き渡っていた。時は訪れ、すみれと大作は山を登り始めた。山道の脇には美しいコスモスが並び爽やかな秋風がすみれの黒髪をなびかせていた。美しい野草も多くあり、二人はひとつ、ひとつ見ながら、楽しく話をして登っていった。すみれは登り疲れたのか、途中から、よいしょ、よいしょ、と言い始めて登っていた。

「すみれさん、大丈夫ですか。よければ、僕がおんぶしますよ。」

「いえ、いいです、恥ずかしいです。」

そう、すみれは言ったが大作はすみれをおんぶをした。しかし、10メートルも行くと途中で降ろしたのだ。大作はあまり体力がなかったのである。

「私が重たかったのではないですか。」

「ああ、重かったよ。」

大作はそう意地悪そうな表情で答えると

「もう、失礼です。」

すみれはそう言いながらも楽しそうな笑顔を浮かべていたのだった。

「大作さん、コスモスも薄紅色から白い色までいろいろあるのですね。」

「そうだね、すみれさんはどっちの色の花が好きかな。」

「そうですね、どちらも好きです。可哀そうだけど持って帰って銀行の机に飾ろうかな。」

「それはいいね、すみれさんは花が好きなんだね。僕が貰った花嫁人形の着物の花もきれいだしね。」

「私は花がこの世界で二番目に好きです。」

「一番目は何なの。」

「もう、そんなことを言ったらお弁当は食べさせてあげませんよ。」

「さあて、なんだろうな。」

「大作さんの意地悪。」

さらに大作の意地悪な風が吹いたのだった。

「すみれさんの今日のおむすびはちゃんと三角形になっているのかな。」

「もう、本当に食べさせてあげません。」

すみれは少し不器用で、たまにうまく三角形になっていない時もあったのだ。他愛ものない優しく瑞々しい会話が続き、周囲には笑い声が響き渡った。そして、頂上近辺の野原に着いたのだった。お弁当はすみれの頑張りが光っていた。そして、色とりどりの見るからに美味しそうな食材がお重に三段に分かれて入っていた。すみれの作ったお弁当を美味しそうに食べる大作とすみれであった。お結びはきれいな三角形だった。幸せだった。幸せ過ぎたのだった。あたかも時は永遠に続くようにも思えた。



障がい児施設には悠太の母親が面会に来ていた。悠太は早くから父を亡くしており、母親は生活のため小さな体で仕事をしていた。そのため、やむなく施設に入っていた。仕事は毎日忙しかったのでに久しぶりの面会であった。悠太は面会に来た母親に甘えたい気持ちをこらえるように話し始めたのだ。そして、瞳を輝かせながら母親に話しかけた。

「お母さん、僕ね、薬指が少し動いたような気がするんだ。」

清美に話したことと全く同じことを母親にも伝えていた。よっぽどうれしかったのだろう。悠太の満面の笑みを見て、母親は頬から流れ落ちるものがあった。どれほど辛かっただろうか。それでも、優しい笑みを演じながら悠太に合図地を打っていた。悠太は薬指が動いたのを再現しようと母親に見せようとしていたのを、園長が上手く遮ったのだ。母親の涙を悠太に気づかせないためにだった。

「雄太君、さっきねお母さんが雄太君をおんぶがしたいと言っていたけどどうする。」

悠太の母親は表情を何とか引き締めて悠太をおんぶした。悠太は母親の首元に顔を寝かせていたが、母親の目元からは雫が流れ落ちる音が聞こえんばかりだった。

「お母さん、きっと右手は動くようになるよね。」

そう言った瞬間に悠太に清美は悠太を抱き上げた。母親は足早に廊下にでてトイレに行ってくると悠太に話した。涙があまりにも溢れて隠す必要性があったからだ。抱きあげた清美も涙が止まらなかった。それを悠太が見て不思議そうにしていた。それがあまりに不憫ふびんで園長も廊下に出て行ったのだったのだ。清美は悲しみをぐっとこらえて子守歌を歌い始めた。しかし、その声は震えて歌にならない。清美が歌い始めたが悠太にはわからなかったのだった。わかるはずがなかったのだった。清美はボランティア活動を通じて生きがいと共に悲しみも流れ落ちるように実感していた。清美のそばにいた直哉も静かに無表情というより表情が作れなかったのかもしれない。清美に対する慰めの言葉を考え付くだけ考えていたのだった。しかし、何もできない自分が腹立たしかった。現実という壁に苦しむ清美達であった。

「清美さん、一緒に帰ろう。」

直哉は結局のところはそれだけしか言えなかったのだった。障がい児施設の夜は悲しく静かに過ぎていった。優しい灯りがつく日が訪れるのであろうか。

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