第26話 自己中心論
暗い。
真っ暗ないつもの刑場。
観衆のいない静かな周り。
処刑台には俺と、一人のエクススル。
一振りの剣を持った俺はエクススルと目を合わせる。
エクススルは口を開く。
その声は耳には届かない。
頭の中に響いてくる。
どうして殺す?
生きていたい。
どうして殺した?
生きていたかったのに。
お前が、殺した。
俺を責める声が場内に反響する。
耳を塞ぎたいのに、手は俺の意思とは無関係に剣を持った腕を振り上げる。
止めなければ。
そう思っても自分の腕は自分のでないもののように勢いよく振り下ろされる。
肉を切り裂く鋭い感触。
骨を砕く重い手ごたえ。
耳に捻じ込まれる首が落ちる音。
噛みすぎた奥歯の歯茎から血が漏れて感じる鉄の味。
目を開いたまま台から転がり落ちていく首。
嗅ぎ慣れた甘ったるい血の匂い。
大量の血飛沫で全身が塗り染められる。
お湯をふりかけられたように温かい。
黒い床が真っ赤に染め上げられる。
見えるものは全て赤。
足よりも下に落ちた顔の中で口が動く。
お前が、殺したんだ。
「っ! ……は、ぁ……」
カチカチと、時計の秒針が時を刻む音が聴こえる。
飛び起きて、夢を見ていた事に気づく。
よく見る夢だ。
役者を代えて、繰り返し同じ夢を見る。
終わる事なく何度も、何度も。
「ディスー、入っていいかー?」
戸の向こうから聴こえた声に、安堵のため息を吐く。
「今、鍵、開けるから……」
少しふらつきながら鍵を開けに玄関へと向かう。
開けた戸の向こうのエブレは驚いた顔をした。
「おま……調子悪いのか?」
「どこも悪くないけど」
「や、悪い。お邪魔しますっ」
エブレが勝手知ったる風に部屋に上がる。
すぐに中央付近にどかっと腰を下ろすなり、エブレが眉を寄せて俺を見た。
「ひっでークマ。ちゃんと寝てんのかよ? おまけに汗だくだし。まだ仕事は始ってませんけどー?」
言われて鏡を見ると、本当に酷い顔をしていた。
「……眠った筈なんだけどな……、ちょっとシャワー浴びてくる」
「おう。まだ時間には余裕があるからゆっくりどーぞ」
急ぎの書類を片付けて、牢の見回りに向かう。
牢の奥に座ったままのエクススル12から声がかかった。
「ねぇ、最近、ディスって柔らかくなってきてない?」
「なってきてない。気のせいじゃないか?」
「ほら、話しかけたらこうしてきちんとこっち向いて応じてくれるじゃない」
「…………え」
「ディス? どうしたの?」
きっと彼女の言うとおりだ。
俺は元々甘い人間だ。だからそんな自分を律して厳しくいようと気をつけているのに、気を許せるエブレがいつも一緒にいるものだから素の感情がどうしても出てしまっているのだろう。
エブレは第一印象そのままの甘い人間ではなく、根のところでしっかり冷徹な奴だ。いらないものを何の躊躇いもなくすぱっと切り捨てる事ができるのだから。
その割り切りについていけない事がしばしばある。そんな時、俺は自分の甘さに辟易しながらも厳しくなりきれない自分に気付く。
それに。
エクススル9がいる。
彼女に対してはどうしても厳しく接する事が出来ない。
同情しているのか、エクススル9には怖い思いをさせたくない。
不覚をとった。
内面をエクススルに気取られてしまうなんて。
「おーい、ディスー?」
「……出直してくる」
「なんで?」
「俺が至らないからだ」
「なんで?」
「君は子供か。そんなになんで、なんでって」
「だって不思議なんだもん。ディスの何が至らなくて出直しが必要なのよ?」
「それは俺が……」
はっきり言ってしまってはならないと、言い淀む。
しかし彼女はわかっているというように優しく微笑んだ。
いつもと質の違う笑みに、一瞬ドキリとする。
「他人に優しくするのって悪いことじゃないと思うけど」
「普通ならな」
「ならそれでいいじゃない。それが貴方という人間なのに、どうして自分の在り方を無理に否定しようとするの?」
エクススルの処刑を行うトレスウィリに優しさなど、本来は不要だ。
「俺はそれじゃ駄目だからだ」
「貴方がそう思うの?」
「ああ」
「そ。ディスって意外と自己中心的で自分勝手だったのね」
自分の心をいつも犠牲にしているのに、随分な言われように少しカチンと来た。
「どこからそうなる」
「自分から見た自分しか目に入っていないんだもの。実際の他者からの評価なんてお構いなしなんでしょ?」
実際の他者からの評価。
それは確かに考えた事がなかった。
トレスウィリらしいと思われたくて作り上げる自分像は、エクススル12の言う通り自分からの観点しか含まれてはいない。
「…………確かに。俺は随分自己中心的な人間だな」
「うん、そうね。でもね、ディス。人間誰だって自己中心的なものよ。他に何を中心にしたらいいの? 自分を基準にするなんて当たり前の事だと思わない?」
「君は俺を貶したいのか? 褒めたいのか?」
「え? 別にどっちでもないけど。元々貶したつもりもないわよ、私。ただ、ディスはディスが思っている程駄目な人間じゃないんじゃないかなーって思っただけ。出来た人間ってわけでもなさそうだけど」
「……つまり君は俺を混乱させようとしているんだな」
「実はちょっとだけ」
途端にいたずらっぽい笑みへと切り替えを見せたエクススル12に、知らず入っていたらしい肩の力がひゅっと抜けた。
「無駄な時間を過ごしてしまった……」
「何それ、酷い! 折角気を楽にしてあげたのに」
言われて気付いた。
肩に力が入っていたのはずっと前からだ。
それが抜けたのは何も呆れの所為ばかりではない。
「結局は自分の為であろうと、優しさは他人にとっては嬉しいものなんだから。それならそれでいいじゃない。別に私達エクススルが貴方を嫌っても好いても、貴方のやるべき事は変わらない。勿論私達の死ぬ運命も」
最後の一言に引っかかりを感じる。
死ぬ運命は変わらない?
トレスウィリと婚姻を結ぼうとしている人間の言葉とは到底思えない。
「そんなわけで私にももっと優しくしてくれると嬉しいなぁ、なんて」
「付き合いきれない。廊下掃除に行ってくる」
「うん。行ってらっしゃい」
12の牢を離れて、掃除用具を取りに行こうと歩き出すと、エブレとすれ違った。
そういえば掃除用具や洗剤の発注の仕方をエブレに教えていなかったな。
立ち止まって振り向くと、エブレが12の牢の前で立ち止まって、エクススル12に声を掛けている。
「……お前、すごいな」
「ん?」
「どうしてそんなにディスの考えている事がわかるんだ?」
「いつも見ているから、かしら。ディスってね、放っておけないのよ。エブレだってそうじゃない?」
「あー、わかる、その気持ち。あいつはすっげーいい奴なんだけどなぁ。どうして隠すかね」
「やっぱり? ディスっていい奴なんだ。さっきだって呆れた風を装ってたけど、何をしに行くか報告までしてくれちゃって。あれ無意識よね。笑いそうになったわ」
「真面目すぎるんだよ、あいつは」
「うん。あんな人間もいるのねー。本当に興味深いわ」
「俺の相棒をあんまりいじめるなよ」
「それはこっちの台詞よ」
「ディスいじりは俺の特権なのに」
よし、殴ろう。
ぱかぁんっ!!
「いってえ!!」
くだらない事を口走る頭を、思い切り音が出るように平手で叩いた。
次いで二人へと順に尖らせた視線を当てていく。
「お前ら、いつか見てろ……」
「ディス、掃除に行ったんじゃ……?」
「お前に用があったのを思い出して戻って来た」
「い、今じゃなくてもいいんじゃないか? あ、そーだ。今日は早めに上がってもいいんだぜ。疲れてるみたいだし。うん。そうしろよ」
「……この後時間をかけて掃除をする事にするよ。エブレ、仕事が終わったらゆっくり話そうな」
「ひええ~……」
後で発注方法とありがたい小言を叩き込まないとな。
今度こそ立ち去ろうとする背中を、エブレの小声が追尾する。
「……12。ディスがいい奴っての、訂正していいか?」
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