第27話 鉄の処女
「ディス、執行時間だ。今日は俺の番だな」
明るいいつものエブレに、俺の中で自己嫌悪が募っていく。
「そうか……。いつも思うけど、お前……よく平然としていられるよな」
「仕事だからな。お前もいい加減割り切れよ。仕事なんて好き嫌いじゃなくてただやらなきゃならない事をやるだけのモンだろ」
「感情ってのはそう簡単なものじゃないんだよ」
「お前はそういうのきっぱり割り切ってる奴だと思ってたんだけど。第一印象を裏切る奴だよなぁ」
神の代行として感情のないトレスウィリであることを努めてきたんだから、それ相応の第一印象で嬉しくなくはない。嬉しくなくはないが。
「そんなの知るか。お前が勝手に思い込んだだけだろ。兎に角、俺は執行に対しては積極的になれない」
「そこをじょっきん! と切り離せって。首みたいに」
軽い調子のエブレに、俺もそう出来たら楽なんだろうな、なんて思う。
「……俺、お前を尊敬したい気持ちでいっぱいだ」
「そっか? へへ、照れるじゃねぇか」
気軽に笑みを浮かべるエブレと共に、エクススル11の牢の前まで歩いて行き柵の戸を開ける。
エクススル11への報告は既にエブレが済ませている。
「お待たせ。待ってないだろうけどな」
「本当にな。できれば永遠に来てほしくなかったよ」
エクススル11は苦笑いを浮かべながら出てきた。その手枷に繋がっている鎖をエブレが引く。
柵の鍵を閉めて、前を歩く二人の後ろに着いて面会室まで無言で歩いて行った。
面会室で最期の晩餐が始まる。
「すげ……本当に分厚いステーキにワインだ」
テーブルの上に並んだのは、とても三人分とは思えない量の肉料理と一本のワインだ。
品物は午前中にエブレと一緒に厳選した。
「ありがとう……最高のディナーだ。俺の刑を執行するのがお前らでよかったよ」
「よかったなんて言うなよ。俺、お前の処刑は気が進まないんだから」
エブレが珍しく苦痛の表情を浮かべた。
いつも淡々と仕事をこなしているエブレにしては本当に珍しい。
「ディス、俺らはこんな善人まで手にかけなくちゃならねぇ」
エブレの顔に諦めのような表情を見て察する。
「……まさか」
「俺は、嵌められただけの人間だ。……そんな顔するなよ、ディス。案外よくある事だと思うぜ?」
「……」
冤罪で処刑されようとしている男を前に、かける言葉など何一つ見当たらない。
仕方ないと割り切るその顔が、レテと重なって見えた。
「これが俺達の仕事か。ホント、やってらんねぇな」
「……ああ」
なんとも言えなくなった俺たちに、エクススル11が微笑んでくれる。
「いやいや、わかってくれる奴がこの世に二人もいてくれるだけで俺は十分だ。できるだけ楽に殺してくれよ、エブレ」
「まかせとけ」
二人はにかっと笑い合った。
何故笑えるのだろう。
勝手に奪われるというのに、奪わなくてはならないというのに。
どうして、そんな風に明るく笑いあえるのだろう。
夕食の後、エクススル11がぼそりと漏らした。
「俺だって、本当は死にたくなんかないさ……覚悟、決めたつもりだったのに、へへ……情けねぇ……大丈夫……大丈夫……」
震える手を押さえて無理に笑う悲しい顔を、また一つ心に刻み付ける。
「これより刑を執行する」
開始の合図は放たれた。
エブレのよく通る声が石に囲まれた室内に響く。
これから行われる事に耐えきれるよう、一度目を閉じてできるだけ感情の一切を遮断するよう念じた。
そうしなければ”力”は発動できない。
集中する。
「エクススル11を、連続婦女暴行殺人の罪で”鉄の処女”にかける」
堂々とした態度で言ったエブレは、鉄の棺の蓋を開けてその中にエクススル11を横たえた。
”鉄の処女”とは拷問器具の一つで、蓋のついた棺だ。
死を給える棺は聖母の姿をしており、慈悲深い微笑みをその顔に刻み付けている。エクススルには無慈悲な悪魔の微笑みに見えるのだろう。
蓋の内側には先端の尖った杭が何本も備え付けられており、蓋をゆっくりと下ろして拷問者の体を杭で傷つけて少しずつ苦痛を与えていく。
拷問では蓋を下ろしたり上げたりしてじわじわと体に穴を開け、恐怖を煽っていき、自白を促す。
しかし処刑となると蓋を上げる必要はない。
そのままバタンと下ろせばいい。
エブレは苦しみを長引かせるような真似はしないだろう。
それでも、一瞬でも苦しみはない方がいいに決まっている。
”力”はきちんと作用する。
彼は何の苦しみもなく、それを喜ばしいと感じる事すらなく旅立つ。
「エクススル11、何か言い残す事はあるか?」
「いや、ない」
「……苦しみ短く、甘い死を。まさに神の御許に」
エブレが蓋に手を掛ける。
よく集中すると、自分の中に一点だけ灯った小さな光が見えてくる。その光を目指して一心に手を伸ばすように神経を鋭く集中させる。
”力”の対象はエクススル11の五感・神経・精神の全てだ。
全身の血を光に向かわせる意識を持って、その巡りを感じる。
”力”が方向を持って流れていく。
対象者の感覚の一切を遮断する効果を持った俺の”力”が。
「やっぱり待ってくれ。一つだけ。……ありがとう」
「ああ」
返事をしながら何の感情も乗せない顔をしたエブレは、蓋を支えている右腕を下ろした。それ自体が重い鉄の蓋は重力に従って勢いよく下りる。
終焉の大きな音が響いた。
棺と蓋の隙間から真っ赤な液体が流れ出て床に零れる。
一つの命がこの世から零れ落ちた。
エブレは執行を難なく出来る人物だった。
はじめから。
それは普通ではない。
誰しも、殺人の罪を犯した事のある者であろうと、執行の時には躊躇い、手が震え、時間がかかるものだ。
特に負の感情を持っていない相手の命を奪うのだ。自身がトレスウィリである事以外にその手を振るう理由はない。
たじろいで普通だ。
だというのに、エブレはまるで慣れた作業かのように難なく執行してしまう。
今もそうだ。
エブレはよく笑う。よく怒る。
感情は豊かでしっかりとある。
それなのに躊躇いなく刑を執行出来てしまえるのだ。
これが本当のトレスウィリなのか。
トレスウィリとは、冷酷に慈悲深く執行を行うべきだ。
その手は神の名の下に罪を犯す事を躊躇ってはならない。
その手は優しく迅速をもって罪人の罪を刈り取らなければならない。
こいつこそが、本当に神の遣いなのかもしれない。
「死を以って罪人の罪は浄化された。
この者の罪を神が御赦しになられた。
死を歓迎せよ。
とこしえなる解放に感謝を捧げよ。
神よ、この魂を憐れみたまえ。
アーメン……」
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