第25話 火刑

「これより刑を執行する」

 通りのいいエブレの声が場内を支配した。

「エクススル20を、異端の罪で火刑に処する」

 エクススル20は、異教の神を信仰しそれを布教していたところを捕えられた。

 イエス信仰以外の宗教は排除されるこの世界では、他の信仰を持つ事は大きな罪だ。

「エクススル20、何か言い残す事は?」

「我が神の恵みがあらんことを!」

 エクススル20は、まっすぐに前を向いて叫んだ。

 続く言葉がないと判断したエブレは、エクススル20の大柄な体を木の梯子に藁のロープで括りつけ始める。

 梯子に縛られたエクススル20をエブレから受け取り、倒れないように梯子を支える。

 執行台へ上がったエブレが置いてあった薪へ火をくべた。

 赤々と燃えあがる炎に、向こうの景色が揺らいで見える。

 戻って来たエブレが梯子の下を持ち上げた。二人で執行台まで梯子はしごごとエクススル20を連れて行く。

 炎の前まで来てエブレが屈む。横から縦になった梯子をエブレの手へと渡して自分は執行台を降りた。

 そして、エブレはいつものようにただ無表情で、淡々と決まった台詞を口にする。

「苦しみ短く、甘い死を。まさに神の御許に」

 梯子はエブレの手を離れ炎の中へと吸い込まれるように倒れた。

 一瞬だけ炎が小さくなって、その後すぐに前よりも大きく火の柱と黒煙を天へと伸ばす。

 木の梯子も、エクススル20も、静かに燃えていく。

 炎の前に立つエブレの顔が夕焼けの中にいるかのように赤く照らされて見えた。


 異教徒や魔女にはしばしば火刑が用いられる。

 炎は悪しき霊を祓う効力があると信じられているからだ。

 聖なる炎から逃れるように立ち上る黒々とした煙は、神に追い払われる魔を意味する。

 炎は全てを燃やし尽くす。

 罪に触れた肉体も、罪を持った魂も。

「死を以って罪人の罪は浄化された。

この者の罪を神が御赦しになられた。

死を歓迎せよ。

とこしえなる解放に感謝を捧げよ。

神よ、この魂を憐れみたまえ。

アーメン」

 黒く灰となった塊を袋に入れながらエブレがぽつりと呟いた。

「俺達は本当にイエス様を信じていいのかな……?」

「エブレ、お前何を言い出すんだ」

 もう観衆はいないと言っても、神に一番近いこの場所でそれを言うエブレをたしなめる。

「だってさ……自分が信じるものを自分で決めて何が悪いって言うんだよ。別にイエス様が悪いとか言いたいわけじゃねぇよ。他に信じられるもんがあって、それに救いを求めるのってそんなに悪い事か? 死ななきゃならないくらい?」

 正直俺もそう思う。

 何を信じるかなんてのは、誰かに押し付けられるものではないと思うのだ。

「そう考える俺がおかしいのか?」

「おかしいんだろう。深く考えるな。トレスウィリだって例外じゃないんだぞ。異端は例外なく狩られる。軽々しい発言は控えることだな」

「そ、そっか……。変な事言って悪かったな」

「いや……お前は何も考えないのが似合ってるんだ」

「お前、馬鹿にしてんのか……?」


 エブレと処刑場を片付ける。

 モップ掛け用の水が入ったバケツを持って、刑場の端を目指す。

「エブレ、先に戻っててくれ。俺も水を捨ててから戻る」

「おう」

 黒い水を捨てて、バケツを軽く濯いでからその場に伏せて置く。

 処刑場からエクススルの牢につながる廊下を歩いて戻る。

 角を曲がると、エブレの後ろ姿が見えた。

「新入り」

 エブレの前方から、気配の薄い声が掛かった。

 唐突に現れたカルナさんに、エブレが飛び退く。

 俺もなんとなく咄嗟に角に隠れる。

「……カ、カルナ、さんっ?! なんだよもー、吃驚したなぁ」

「ちょっとよろしいかしら?」

「はい? 俺に何か用スか?」

「……別に新入りに用があるわけではありませんの。ディスって……最近変わりました?」

 俺の話か。隠れてよかったかもしれない。

「へ? ディス? ……さてな。俺は最近のディスしか知らねぇからなぁ」

「そうでしたわね」

「ってゆーか、紹介しただろ? 俺はエブレ! なぁなぁ、カルナさんってなんでこんな所にいんの?」

「新入りには関係のない事ですわ」

「え。ま、まぁ、ないっちゃないんだけど……まあいいや。カルナさん、ディスを昔から知ってんのか?」

「新入りよりは」

「……そりゃそうだろうけど……昔のあいつってどんなだったんだ?」

「……」

 会話が途切れたから、そっと顔を出してふたりの様子を覗く。

 トレスウィリとはいつも意識的に視線を合わさないカルナさんの視線が、エブレを突き刺す。

 感情というカテゴリーを宿さないカルナさんの無色の瞳に、エブレがたじろぐ様子を見せる。

「な、んだよ」

「ディスは誰も見てなんていなかったのに」

「え?」

 カルナさんの瞳に一瞬、はっきりと憎悪の色が映し出される。

 それは、彼女の目の前にいるエブレに真っ直ぐに注がれている。

「ディスは冷酷で慈悲深いトレスウィリでしたわ。エクススルなんかに情をかけるような愚者ではありませんでしたのに」

「エクススルなんかって、何だよ……?」

「新入り、何か勘違いしていませんこと?」

「何がだよ?」

「エクススルは大罪を犯した赦されざる愚か者ですわ。トレスウィリだって神の名を借りた汚れ役を負う罪人。私、エクススルもトレスウィリも大嫌いですの。はっきり言わせて頂きますと、馴れ馴れしくされると不愉快ですわ」

「……ディスは、違うのか? あいつだってトレスウィリだ」

 感情に乱れの見えないカルナさんの眉が、少し動く。

「ディスは……特別なんだろ? カルナさんにとって特別な理由はわかんねーけど、俺にだってディスは特別だから、あいつが他のトレスウィリとは全然違うってことは、俺も知ってる」

「……トレスウィリは何人であろうと穢れそのもの。ディスも例外ではなくてよ」

 エブレはわかっているはずだ。

 他の多くの民衆同様、カルナさんもトレスウィリを心底嫌悪しているのだと。

「でもさ、カルナさんがディスの名前を口にする時、なんか優しい目をするんだよな。それ、隠しきれてないぜ」

 カルナさんが顔を背けて、エブレ向いているのとは違う方向に歩き出す。つまり、俺の方に来る。

「……少し戯れが過ぎたようですわね。今のやりとりは忘れて下さって構いませんわ」

「え、ちょっと待てよ!」

 エブレの声が聴こえないかのように完全に無視して、カルナさんがこちらに歩いてくる。

 まずい。逃げよう。

 俺は足音を忍ばせて来た道を戻った。

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