第24話 スコットランドの深靴

 エクススル18に対して拷問を行った後の部屋をしっかりと掃除する。

「…………っ、と」

 床に広がる油に足を取られて転倒しそうになるのを、近くにあった吊るし用のロープに掴まる事で回避する。

 先程行った拷問は無意味だった。

 ただエクススル18に大火傷を負わせただけだ。

 油と共に床に置いた鉄のブーツをじっと見つめる。

 俺達はこれを”スコットランドの深靴”と呼ぶ。

 鉄で出来た膝上程まである幅の広い長靴の途中何か所かにはネジがついており、主な使用法は二つある。

 一つはネジを締める事で靴の幅を狭め、脚の骨を砕いてボロボロにする方法。

 もう一つは鉄の靴を火で炙ったり靴の中に油を流し込んだりする方法。

 今回は靴の中に熱した油を注ぎエクススル18を極限の状態まで追い込んだ。

 それでも彼は黙し続け、決して口を割ろうとはしなかった。

 エクススル18には共犯者がいたに違いないのだ。

 その誰かの名を、彼はどうしても口にしない。

 エクススル18の覚悟は立派なものだ。

 たった一人で犠牲となり、仲間を守ろうという姿勢は讃えるべきものでもある。

 だが彼も、彼が守ろうとしている仲間も社会の秩序を破壊した罪人だ。

 エクススル18はまた別な拷問にかけられるだろう。

 それを俺がやるのか他の誰かがやるのかはわからない。けれど、彼は何をされても何も言わないだろう。

 それがわかっているからエクススル18に拷問を行うのが辛い。

 罪人は罰するべきだ。だから拷問を受けようと同情などする必要はないし、感情を挟まずにするべきでもある。

 もう冷めきった床の油を雑巾で吸いとりバケツの上で絞って油を落とす。

 それを繰り返し行うと、床の分厚いてかりが消えて行った。

 罪人を庇おうとする姿勢。

 それが俺には理解できない。

 どんなに親しい者であったとしても罪人は悪の誘惑に負けた穢れだ。それは感情など無関係に浄化するべきなのに。

 幾度となく油を吸ってぎとぎとになった雑巾と油が溜まったバケツ、エクススル18の火傷の手当に使用した救急箱を持って拷問部屋の重い扉を開けた。


 見回りを済ませて一息つこうとした俺に、拷問の依頼がまたやってくる。一日に二件か……。


 簡素な椅子に縛り付けられた女が泣きながら、まだ少し余裕そうな顔で俺を見上げる。

 縛り付けたのはこの俺だけど。

「ひぃ……っ、い、いらい、いらい、いらいよぅっ」

「黙れ」

 ばちんっ

 見目の麗しかった女の白い頬は何度めかの殴打で真っ赤に腫れ上がっている。

 今打った頬と反対側の頬を手袋を履いた平手で打つ。

 ばちんっ

「う……っ!いひゃいぃ……」

「ほら、早く白状しないと出歩けない顔になるぞ」

 ばちんっ

「うぅっ!」

 ばちんっ

「ふぐ……っ!」

 ばちんっ

 これで三十回だ。

 たかがビンタと馬鹿にしてはいけない。

 俺はこれをやる時はいつも一度たりとも手を抜かず、全て全力でやっている。

 それが積み重なればどれ程痛いのか重々承知しながら全力でビンタを繰り出し続ける。

 ばちんっ

「……っ……!」

 五十回を超えたあたりから女が声を上げなくなった。

 今や、頬を打たれる度に頭を左右に惜しみなく振り、小さく呻くだけだ。

 腫れ上がり口や目を圧迫する頬を片手で掴んで上向かせる。

「ぃぎ……っ」

「言え。窃盗を働いたな?」

「はふ……っ、ひっ、ひらないれふぅ……っ」

 女が座っている椅子の脚を思い切り蹴る。

 バランスを欠いた椅子は縛りつけられている女の体ごと、大きな音を立てて横に倒れた。

「あがっ!」

 横に倒れた女の胸倉を掴んで椅子ごと元の位置に戻す。

 そして間髪を入れずに真っ赤になった頬に再び平手を飛ばした。

 ばちんっ

「正直に言え。言わなければ何時間でも休む間もなく打ち続けてやる」

 ばちんっ

「ぅく……っ」

 この女、なかなか白状しないな。

 思ったより根性が据わっているのかもしれない。

 もうビンタは六十回を超えた。

 この方法ではこの女は何も言わないだろう。

 しかしこいつは罪人だ。

 俺はこいつが盗みを行う所を目撃した。

 だから知っている。

 はっきりと見たのに、トレスウィリの証言など重視されない。

 トレスウィリは黙って処刑と拷問をしていればそれでいいのだ。

 誰かに物を言う口などなくてもいいのだ。

 それが彼らの規範だ。

「……はじめから抵抗は無駄だと言っているだろう。俺は神じゃない。罪人に憐れみを与える程優しくはないんだ。女であろうが罪人は容赦しないぞ」

「ひっ……ざ、罪人じゃ……ないれす……」

 ばちんっ

「ふざけるなっ! 他人の物を盗る事は罪だ。自分は可愛い女だから酷い目には遭わないとでも思っていたか?」

 ばちんっ

「ひぃ……っ」

「お前のような人間を見ると吐き気がする。死なないぎりぎりに手足を切ってやろうか?」

 女はそこそこいい家の出だった。本当に酷い目には遭わないと思っていたのだろう。

 この一言で小柄な体をがたがたと揺らし、罪を告白し出した。

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