第22話 無実の罪2

 拷問部屋に到着した。

 重い扉を開けてエクススル9を誘導する。

「ここだ。入って適当に座ってくれ」

「はい」

 扉を閉める。拷問部屋は叫び声などの音が外に漏れないよう、防音処置が施してある。だから扉も分厚く重い。

「俺は言葉を婉曲に操るのは得意じゃないから率直に訊く。エクススル9、君は本当に人を殺したのか?」

 多少なりとも意外な話題だったようで、エクススル9が応えに詰まる。

「……変な事をお訊きになるんですね。私が人を殺していなければここへ来る事はないと思うんです」

「……資料には目を通した。暴力を振るう父親に抵抗して料理包丁で胸部から腹部にかけて十九箇所めった刺しにした後、傷を切り開き、刺した時にぼろぼろになった腸などの臓器を引きずり出して体外にぶち撒けたそうだな。調書には胃、腸、膵臓、肝臓は体外に取り出された後に更に細かく切り刻まれていた、とある。遺体の周囲は正に血の海だったとも。本当に、君がそんな事をしたのか?」

 エクススル9が右手を口元に持って行く。

「……そうだと何度も言っています」

「こんな惨い事…。何故そんな事をした? 殺しただけでは気が済まなかったか?」

「と、当然です。あの人は、私をずっと虐待して、きたんですから」

 エクススル9の呼吸が乱れる。声も、細くなっていく。

 顔は紙のような色をしていた。

「どうした。顔色が悪いぞ」

「…………う、ぐ」

 エクススル9は細い眉を歪めて口元を手で覆った。

 今にも吐きそうな青い顔色は気のせいではない。

「君はそれを見た?」

「……」

 ふらついたエクススル9の体を支える。

「少し横になろうか。そうすれば落ち着くだろう」

「……すみ、ません」

 真っ青な顔をしたエクススル9の体を支えながら、部屋の奥に設置されている真っ白なシーツを一枚被せただけの診察台のような簡素なベッドにそっと横たえる。

 壁の方を向いて横になったエクススル9に触れない位置に腰を下ろした。

 殺害状況の話だけで具合を悪くするような奴に、あんな残忍な行為ができただろうか。

 この娘は何もしていない。

 それは最早確信と言っていい。

「気分を悪くさせてすまなかった」

「……いいえ」

「話を変えよう」

 冤罪であろうこのエクススルに対して、俺はどう接しようか。

 迷いながら、声のトーンを若干高くする。

「君、名前は?」

 顔色の悪いエクススル9が戸惑いの目で俺を見上げる。

「……答えてもいいのですか? 私はエクススルです。ここへ収容される前に名前は捨てろと言われました」

 これまでの俺なら同じ考えでエクススルと接していたのに。

 冤罪の可能性が高いとわかったから、もうこの娘を他のエクススルと同じには扱えない。

「いいんだ。今俺はトレスウィリじゃなくて個人的に君と話をしているんだから」

 不思議そうな様子をそのままに、エクススル9が答えてくれる。

「……レテ、です」

「ありがとう、レテ。好きな食べ物はある?」

「好きな食べ物ですか……?」

「うん。処刑の日が決まったら、最後の食事は好きな物をなんでもいくらでも自由に頼んでいいんだ」

「…………」

「規則には載っていないよ。これは俺とエブレからのささやかな餞別で、ちょっとしたサプライズだから」

 それは少し前にエブレと決めた俺達なりのエクススルへの餞だった。

「……それ、私には言っていいんですか? 今聞いたら全然サプライズになりませんけど」

「それもそうだ」

「ふふ……ディスさん、やっぱり変です」

「あまり変って言わないでくれ。傷つく」

「ごめんなさい。悪い意味じゃなくて、楽しいです」

 レテが笑ってくれて、俺も気が楽になる。

 楽になんかなってはいけないのかもしれないけど。

「それは何よりだ」

「ふふふ……。ディスさん」

「ん?」

「ディスさんは、私がお父さんを殺した事、信じていないんですか?」

「ああ」

 笑っていたレテが、唇を引き結んで堅い表情を作る。

「ディスさんがいくら信じていなくても、私はお父さんを殺したんです。その事実は変わりません」

「レテ、」

 レテは嘘を吐いている。

 今なら俺にもそれがわかる。

 だから本当の事を言ってほしいのに。

 どうして自分を死に追いやるような事を言うんだ。

 そう言おうとして、レテの何かを訴えかけるような強い瞳に阻まれる。

「私は罪人です」

「……どうして?」

「ディスさんはわかりますか? ……虐待され続けるってどんなものなのか」

 虐待……か。それが、父親を惨殺した理由に選んだ事柄なのか、真実なのか、今の俺には判断できない。

「私はずっと虐待を受けてきました。私がお父さんにどんな虐待を受けていて、どうやって生きてこなければならなかったのかなんて、ディスさんにはわからないでしょう?」

 レテはそう淡々と話した。

 確かに。

 資料にはそこまで詳細は記されていなかった。

 暴力をふるわれて殺した。そう書かれていた資料からは、暴力が日常的に行われていた事など読み取れなかった。

 彼女は虐待を受けていた。

 レテの指摘通り、虐待された経験のない俺には想像するしかなく実際の事はわからない。

 それが本当なら、辛い日常ではあったのだろう。実の父親を殺してしまいたくなる程の。

 だからと言ってレテが殺したとは、やはり思えない。

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