第19話 斬首刑

「これより刑を執行する」

 もう耳に慣れ親しんでしまったその言葉で、場内は静まり返る。

「エクススル19を、放火の罪で斬首する。19、何か言い残す事は?」

「し、ししし死にたくない!」

 今更何を言おうと、罪を犯した時点でその後は確定している。

 死、という逃れようのないその後が。

 エブレはエクススル19の上半身を台にうつ伏せるように倒して、頭が台からはみ出ているのを確認した。

 磨き上げられた商売道具である剣を鞘から抜き、位置を確かめるように小さい動きで上下させる。

「苦しみ短く、甘い死を。まさに神の御許に」

 ごとっ

 重いような、何かが転がる音がして、真っ赤なものが流れていく。

 どんどん流れて床も、執行したトレスウィリの足元も汚し続けていく赤はいつも、毎日見ている色と何ら変わりはない。

 観衆の歓声とも怒声ともつかない声が場内に満ちる。

「死を以って罪人の罪は浄化された。

この者の罪を神が御赦しになられた。

死を歓迎せよ。

とこしえなる解放に感謝を捧げよ。

神よ、この魂を憐れみたまえ。

アーメン」

 大きな観衆の声の中で埋もれそうな執行終了の合図と共に、エブレは真新しい真っ白なハンカチを台の上に置いた。

 純白があっという間に真っ赤に染まる。

 それを取り上げ、丁寧に袋の中へ入れると、その顔が珍しくこちらを向いた。

「……」

 無表情だった。

 無言で向けられた視線には一切の感情が篭っていなかった。



「ディス~」

 いつもの呼び声が聴こえる。

 こうして彼女に呼ばれるのは最早俺の日課と言っても過言ではない。

「なんだ」

「また素っ気ない返事ね」

「悪かったな」

「ねえ、暇~」

 こいつの暇に付き合う義務も義理も俺にはない。

「エブレでも呼んで来ようか?」

「なんで?」

「君の話し相手には俺じゃ不足だろう」

「私はディスと話したいのよ。だから貴方を呼んだんじゃない」

「俺相手に面白い話は望めないと思うけどな」

「別に面白い話をしろ、って言うわけじゃないわ」

「だって、君は暇なんだろう?」

「あのねぇ、暇にしても相手は重要よ」

「そういうものか」

 暇で、面白い話の出来ない相手と会話をして、退屈ではないのだろうか。

「ええ。だから、お話しましょ」

「断る」

「え~?! なんで? どうして? 私達の仲じゃない!」

 エクススル12が掴んでいる柵をキイキイと揺する。

「俺は君と、どういう仲なんだ……」

「いやね、それを私に言わせる気? ディスってば好きなコはいじめるタイプなのね」

「誰が好きなコだ」

「私。他に誰がいるっていうのよ」

「いないという答えはないのか?」

「そんな選択肢は存在しないわ。あ、でも今はそれでも許すかも」

「許すって……」

 どうして君は俺にそこまで関与するんだ、とか、どうして俺の気持ちの問題に君の許可がいるんだ、とか、言いたい事は色々あったが不毛な会話になる事は明らかだ。

「……見回りに戻っていいか?」

「うふふー。ええ、どうぞ」

 呆れながらも拒絶されるだろう言葉を発すれば、それはあっさり受け入れられた。

「今の、結構楽しかったから」

 言われて、それなりに会話をしてしまっていた事に気付かされる。

 俺は何故いつもこいつのペースに乗せられてしまうのだろう。

 悔しい。

「あの……ディスさん」

 場所に似つかわしくない澄んだ声が背中にかかった。

 声の方へ少し戻る。

 エクススル9に申し訳なさそうに見上げられる。

「何だ?」

「えと、お呼びしてしまってすみません。大した事ではないのですが」

「いや……どうした?」

「ここって消灯は二十二時なんですね」

「ああ。消灯時間を延長してほしいのか?」

 その類の要望は結構多くある。

 夜型の人間もいれば、眠れない人間もいたからだ。

 しかしその要望には応えられない。

 俺達には書類整理だとか雑務だとか、エクススルが寝ている間に済ませたい事も結構あるからだ。

「あ……逆、なんですけど……」

「……逆……? 寝たい?」

 エクススル9の頭が恥ずかしそうに縦に振られる。

「あ、それはそれで構わない。遅くまで騒がれると困るから時間が決められているのであって、早く休む分には何も問題はないから」

「そうだったんですか。よかった」

「何も用がなければいつでも寝ていていい。必要な時には起こす」

「はい、わかりました。お時間を取らせてすみませんでした」

「いや……」

 トレスウィリにこんな風に気を遣うエクススルは初めてだ。

 媚びているのとは違う。どうやら彼女は、トレスウィリを恐れているようだ。

「エクススル9」

「はい」

 少し硬くなっているように見えるエクススル9を安心させようと、少しだけ微笑む。

 こんな風に笑うのは実に久しぶりだ。

「……」

 微笑んだ筈なのに、エクススル9は更に不安そうな顔をして少しだけ首を傾げる。

 おかしい。ここは彼女も微笑むところなのではないだろうか。

 微笑むというのは、何かまずい表情だったのだろうか。

「……ディスさん……大丈夫ですか?」

「え? ああ。えっと……適当に休んでいてくれ。俺は行くから」

 腑に落ちない心配をされてしまった。

「はい。すみませんでした」

 エクススル9にも、エクススル12の半分でいいから厚かましさがあっていいんじゃないか、などと思ってしまう。

 いつも申し訳なさそうに振舞うレテ。

 彼女の命を奪うのはこちらだ。エクススル9は俺達に負い目なんてこれっぽっちもない筈なのに。


 執務室に戻ると、俺がいた机の上に一枚の紙がうつ伏せられていた。

 それにざっと目を通す。

「エブレ、この書類、目通したか?」

「あ、まだだ」

 くれ、と手で示す同僚に書類を手渡す瞬間、合った目は何故か笑っていない。

 少し深刻そうな表情はどうした事だろう。

「……どうかしたのか?」

「今度練習しよう」

「何を」

 硬い表情をふっと和らげて、エブレがにかっと笑う。

「こういう顔の練習」

「……は?」

「もっと優しくしてやれよな」

 言われる事が一々何を指しているのかわからなくて、匙を投げた。

「……悪い、お前、理解不能だ」

 ため息まで吐かれる。何故エブレにそんな態度をとられなければならないんだ。

「だーかーらー、9ちゃんが可哀想! って話!」

「何が」

「なかなか手強いな、ディス。率直に言ってやる。お前、怖がれてるぜ。もっと笑え」

 彼女が怖いのはトレスウィリ、なんじゃないのか……?

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