第18話 快楽殺人者2

「私、貴方を殺したい」

 見上げてくる赤の瞳には快楽の色が映える。

 直視してはならない。あれに魅入ってしまえば戻れない気がする。

 噴き出る血と同じ赤の色。

 幾度となくその色に染まった己の手。

 俺の誇りの色だ。こんな犯罪者の欲望の色と混ぜられてたまるか。

「……人を殺して、そんなに楽しいか?」

「うん、楽しいから殺ったの。ディスは違うの?」

「俺は違う。仕事じゃなれけば御免こうむりたいな」

「そう……大変ね。ね、私が代わってあげよっか?」

「馬鹿言うな」

「でも、ディスにここの仕事は向いてないって私思うの。なんでトレスウィリなんてやってるのよ?」

「お前に話す義務はない。もういいだろう。戻るぞ」

「ええ~? ま、今日はこのくらいで勘弁してあげようかしら?」


 父親はトレスウィリだった。

 トレスウィリの子供はトレスウィリを継ぐ。

 人々から忌み嫌われる職業だ。世襲制をとるのは必然だったのだろう。

 ただ、家族を亡くしたトレスウィリの子供には、他の地で自由になる選択も許されてはいる。

 それでも、父親が亡くなった一年前に俺はトレスウィリになる決意をした。

 成り行きで、と言えば間違いではない。

 それでも。もっと他に理由はある。

 俺がトレスウィリをしている一番の理由。

 それは『贖罪』だ。


「私ね、貴方みたいな人初めて。興味があるわ」

「変な奴だな。お前を殺すかもしれないような奴に普通興味を持つか?」

「ええ、持つわ。殺すとか生かすとか、そんな事興味の前には無関係よ。でも私、興味を持ったものって壊したくなるの」

「それは厄介だな。なら俺は対象外にしてくれ」

「嫌。絶対ものにしてやるわ。私と結婚したいって言わせてみせるんだから」

「……勘弁してくれ」

 エクススル12の唇の感触が残るそこを意識しないようにして牢へと戻る。

 エクススル12を牢に押し込めて、足早にそこを去った。


 この監獄に女は少ない。

 全くいないわけではないが、やはり男が大半を占めている。

 女の中には刑を受けたくない一心で誘惑してくる奴もいる。トレスウィリと婚姻を結べば罪は帳消しになり、生の続きを謳歌する事ができる。それは女だけの特権だ。

 生きたいが為に執拗に絡んで来る女を、振り切ってきた。そうすれば殺す事になると知りながら。

 己の犯した罪を償う事もせずに意地汚く生にすがる姿勢に吐き気を覚えた。誰かの生を奪っておきながら、自分はそれを簡単に手にしようと、見え透いた偽りの好意を押し付けて来る奴らを嫌悪した。

 己の答え一つで救えた人達だ。俺がイエスと言えば彼女達の誰かは生き残れた。

 それを全て拒んで殺した。一人の例外もなく、全て殺した。

 罪人であろうと生きたがる者を助ける手段があるのならそうするべきだったのかもしれない。

 しかし、そうして助ける事ができるのはたった一人だ。憐れみで一人を助けたとして、その後本当に心から助けたいと思える誰かが現れた時、一体どうしたらいいのだろう。

 そう思うと、誰一人として助けてやる事はできなかった。

 わかっている。結局は自分の都合のいいように仕事をしているのだと。

 しかしこれだけは言える。

 これまでに伴侶の位置を要求してきた者の中に、助ける価値のある者はいなかった。


 執務室で留守番をしていたエブレが顔を上げる。

「ディス、お前12に好かれてるじゃねぇか」

「……そうか?」

「明らかにお前を指名する回数が多い。珍しい事もあるもんだ」

 エクススルに呼ばれる回数は、場を和ませる空気を持たない俺よりも、軽快なやり取りが出来るエブレの方が断然多い。

「失礼な奴だよ、お前って。まあ、確かに俺が呼ばれる回数はお前よりは格段に少ないけどな」

「俺はモテる男だからな。いや、お前が悪いと思うぜ」

「何が」

「態度だよ、態度! お前のエクススルに対する態度!」

「は? 態度?」

「え、マジで気付いてない……? じゃあありがたい忠告をしてやる。お前は一言で言えば事務的。冷たいぜ、ひんやりだ。お固すぎ。あと面白みがない。恐い」

「一言?」

「細かい事は気にするなって。兎に角、今挙げたのがお前の欠点だ。あれじゃあ女の子も『きゃあ素敵! 結婚したいわ』なんて思ってくれないだろ」

「そう思われてどうするんだ。トレスウィリはエクススルから畏怖される存在であるべきだ」

「相変わらず冷めてんなぁ、ディスちゃん」

「ちゃん付けはやめてくれ。頼む」

「おう。けどよ、ディス。相手が自分を好いてくれなきゃいくらこっちが好きで結婚したくても断られて終わり。もうそいつはこの世からいなくなって二度と会えなくなっちまうんだぜ?」

「……そうだな」

「それがわかってんなら俺からうるさく言う事はもうねぇよ」

「そうか。俺からも言わせてもらえば、お前は見境なさすぎると思うけど」

「そりゃどうも。俺は全ての女の子と仲良くしたいの」

「理解できないよ、ありがとう」

「どーいたしまして」

 エブレと悪ふざけのような会話を楽しんだあと、通路を往復して牢の中を見回った。

 エブレはいい奴だ。どうしても楽に生きる事のできない俺の心を軽くしてくれる。

 あいつと話していると、悩みすぎて見えなくなっていた大切な事にいつも気がつく。

 女に目がないエブレだが、これまでに女の申し出を受けた所を俺は見た事がない。あいつならすぐに妻帯してもおかしくはないのに。

 女好きだから特定の一人を持ちたくないのだろうか。

 エブレの事は同僚として好きだし、既に友人と言っても差し支えない存在でもある。

 しかし、理解はできない。

 エクススル12の行為についても。

 エクススル12は懐柔し易そうに見えるエブレではなく俺を選んだ。

 真に生きようと思うならば、エブレに迫るのが普通だ。これまでのエクススルがそうだ。

 エブレに振られた女は駄目もとでと俺に媚びる。

 しかしエクススル12は初めから俺を生存の道具に選んだ。

 何故、俺を選んだのだろう。

 一体何が目的で……。

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