第17話 快楽殺人者1

 執務用の机を使い簡単な夕食を手早くとって、牢が見える位置に移動する。

 石造りの薄暗い室内は、季節や時間帯にさほど影響を受けずにひんやりとした寒い空気を制服から出ている肌に感じさせる。

 しんと静まりかえった通路に、誰かが柵を軋ませる音が大きく聞えた。

「ディス~、ちょっと来て~」

 エクススル12の声が通路を通ってよく聞えてきた。またか。すぐにそこまで赴き格子を両手で握っているエクススル12を正面から見る。

「なんの用だ?」

「二人だけでお話しない?」

「しない。用がないのならもう行くぞ」

「そういうのも仕事の内でしょ? 規則にだってあるじゃない。トレスウィリは自己の判断でエクススルの相談にのったり出来て、そういう時は別室で話せるんでしょう?」

 大した用もないのに毎日、トレスウィリである俺を呼びつけて好き勝手話しているこいつに相談事などあるのだろうか。

「君が、何を悩んでいると?」

「ディスが私に冷たい事かしら」

「馬鹿馬鹿しい……」

「そんな事言える? 貴方は私をゆるせない。こういう人間に正しい道徳を教えて更生させたい、って本当は思っているんじゃない?」

「処刑される事が決まっている人間に対して、そんな無駄な事を誰がするか」

「ディスならきっとそうするわ。貴方の道徳に当てはまらない私が目につく範囲に存在しているのってすごく目障りな筈だもの」

「……」

「私ね、人の意見はきちんと聴く方よ? 貴方がどうして私を赦せないのか、しっかり知りたいの」

 説教でも聞きたいのか、エクススル12は。

「ねぇ、駄目? エクススルの暇な時間に少しくらい付き合っても他の業務に大して支障は出ないでしょう? 貴方という人間と話したいのよ」

「……俺と?」

「ええ。貴方と」

 話し上手なエブレでなく俺、というところは不思議だが確かにエクススルとの交流は禁止された事ではない。必要かどうかは兎も角。

 でもこれだけははっきりさせておきたい。

「……俺はお前が嫌いだ」

「私との交流は貴方の仕事よ。私は何故自分が間違っているとされるのか、それがわらなくて悩んでいる。神父の真似事までしろなんて言わないわ。それとも、私が気に食わないから相談には乗れない、なんて私情を挟む気?」

 これ以上ここで言い合っても引く気のないエクススル12の様子に、不承不承ながら折れてやることにする。。

「……いいだろう。暴れるなよ」

「やったぁ!」


 エクススル12を連れて拷問部屋に入る。

 拷問部屋はその名の通り以外にも個人的な話をする時にも使われている。

 規則にある”相談”というものもここで行うのが常だ。

「ねぇ、ディス。私、何か規則破ったっけ?」

「いや。拷問するわけじゃないから安心してくれ。個人的な会話をするのにはここが都合いいからな。聞かれたくない話だってあるかもしれないだろう」

「やーん。ディスのえっち」

「……戻るか?」

「まさか。あのね、訊きたいんだけど、9のこと気になってるんでしょ?」

「誰かさんのおかげでな」

「そうなんだ」

 エクススル12は連続殺人の罪でここへ来た。

 殺すのが楽しい。

 人がもがいて死んでいくのを見るのが好き。

 もっともっと殺したい。

 エクススル12はそう言っていた。

 そう言って笑っていた。

 狂気に触れた笑みを、狭く冷たい牢の中に満たしてきた。

 ここから出せ、と暴れ放題だったこれまでいた沢山の殺人者とは違い、わりとおとなしく生活してくれている事は助かった。

 何度もしてきた事とは言え、罪人であったとしても女の子に手荒な事をするのは気が進まない。それが好ましくない相手であったとしても。

 拷問の後はいつも寝覚めが悪いものだから。

「ディスってさぁ、男色?」

「なんでそうなる」

「だって、女の子に冷たいし。エブレみたいに遊ぶだけならいくら遊んだって罪には問われないのよ? 折角のトレスウィリの特権じゃない。それに、こんな可愛い女の子と部屋に二人っきりなのよ? 何もしないなんてどうかしてるわ。あ、不能だった?」

「少し黙ってろ」

「話しに来たのにそれはないじゃない」

 死体を乗せるような簡素なベッドの上に、エクススル12が勝手に腰掛ける。

 楽しそうなその様子を見て自然とため息が出た。

「……君は俺を男色とか不能とかにしたいのか」

「ううん。私はディスとこういう事がしたいだけ」

 エクススル12が微笑みながら目の前まで近づいてくる。

 後ろに一歩引くより早く、唇に柔らかいものが当たった。

「……っ」

「ねぇ、ドキドキしない?」

 火照りそうになる顔を必死に冷却しようと努める。

 しかし頬に差しているだろう朱はそんなに簡単には消えない。

 女特有の柔らかい体がぴたりと張り付いて、エクススル12の右手がズボンの上から体の中心を撫でていく。

「どう? 感じる……?」

「……っ、こら」

「あ、起き上がってきた……溜まってたんじゃない? もうこんなに……硬い……」

「やめろ……っ」

 エクススル12の手を払いのけ、距離を取る。

「そんなことをしても俺はお前と結婚なんかしないぞ」 

 エクススル12に真顔でじっと見つめられる。

「つまんない紳士かと思ってたんだけど……ちょっと違うみたいね」

「うるさい。俺はお前のように体を使ってトレスウィリに取り入ろうとするエクススルが嫌いだ」

 きっぱりと線引きをしているのに、それでもエクススル12は気分を害した風もなく笑う。

「ふふふ……そうね。貴方は真っ当なトレスウィリであろうとしているだけで、欲望を持たないわけじゃない。ディス、好きよ」

 今度はこちらがエクススル12をじっと見る番になった。

 エクススル12の手がこちらに向かって伸ばされる。

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