2章

第16話 エクセター公の娘

 今日の書類仕事は完了した。監視をしに行くか。

「やっほー、ディス。仕事捗ってる?」

 12の数字の前を通った時、そんな馴れ馴れしい言葉が降りかかってきた。

 返事しなければならないような内容でもないが、無視するのも子供じみている。

「……ああ」

「それは結構。ねぇねぇ、ディスは若白髪ってどうして出来るか知ってる?」

「知っている」

 遺伝的なものだとか、食習慣によるものだとか、ストレスからだとか、原因は色々ある。

「あら、そう。染めたり抜いたりすると増えるっていう話を聞くけど、本当なのかしら」

「どちらも迷信だろう。ただ、染色剤を頭皮に塗ってしまうと頭皮が弱る事によって栄養がうまく回らずに髪の年齢も衰えさせてしまう事があるかもしれない。それに免疫に疾患のある者が染色剤を使用して全身の毛が抜け落ちてしまう可能性も無視できないな。雑に抜けば毛根が広がって更に太い白髪が生えてくる可能性はあるが、増えるという意味とは異なる」

「……へぇ。期待以上の回答ありがと。ディスって随分と物知りね。じゃあ丁寧に抜けば問題ないの?」

「いや、切った方がいい」

「なるほど」

 感心した後、エクススル12はじっとこちらを見つめたまま無言でいる。

「……言っておくがハサミなら貸さないぞ。君に凶器になるものなんて渡せるか」

「意地悪。折角切ってあげようと思ったのに」

 俺は思い違いをしていた。

 エクススル12は自分の髪の事で悩んでいるのではなく、俺の髪の事を言っていたようだ。

「気付いていなかったでしょ? ディスのここらへんに、一本見つけちゃった」

 エクススル12は自分の耳の横の後頭部辺りを人差し指でつつく。

 今のやり取りでまた一本増えた気がする。


 向かいのエクススル9の方に目が向いた。

「……」

 エクススル9は何をするでもなく、おとなしく簡素なベッドに腰掛けている。

 雑誌を読んだりトランプを並べていたりしているエクススルもいる中で、微動だにせず、本当に何もしていない。

 これまで一体どんな生活をしてきたのか知らないが、エクススルの事もトレスウィリの事も殆ど何も知らない様子のエクススル9に一応声をかける。

「エクススル9、退屈しのぎに何か欲しいものがあれば言ってくれ。手続きには多少時間がかかるが安全なものなら通るから」

 柵の前で言うと、無関心そうなエクススル9がこちらを向いた。

「手続き?」

「外部から余計なものが紛れないか、いかなる場合も命に対して安全なものであるか、査定をしなければならないんだ」

「……確かに、脱獄されても自殺されても大変ですよね。規則の事は全て把握しています。持ち物の事も知っています」

 規則には律儀に目を通したのか。

 脱獄と自殺には厳しい罰則が用意されている。

 それにしても、規則をきちんと読むなんて珍しいエクススルだ。

 普通は適当に自分に関係のありそうな箇所だけ流し読みする。

 それはそれでふざけた行為だと思うが、大抵のエクススルはそうしている。

「エクススルの殆どは自由時間だらけだから、何かしたい事があれば言った方がいい。そうだな……本なら比較的通り易い」

「いいえ、私は何も」

 あれをくれこれをくれとせがむ奴は尽きないが、何もいらないと言った奴は数える程しかいない。

 それは大きな絶望に、何をする気も失くした者の傾向だ。

 しかしこの少女は絶望を抱えているようには感じられない。

 そんな奴は笑ったりできる筈ないのだから。

「そうか。退屈じゃないのか?」

「退屈……? ……退屈……」

 まさかとは思うが、この子はもしかして退屈の意味を知らないのだろうか。まさかな。

「じゃあ、何かあったら言ってくれ」


 監視を一周終えて執務室に戻ると、拷問依頼の書類が届いていた。

 エブレを部屋に残して、書類の指示通りエクススル2と拷問室へと向かう。


「どうせ死ぬ事は変わらないんだ。今更罪状が増えたって何か違うんですか?」

 細身の少年はこちらを見下したような態度で拷問部屋の台に寝そべっている。

 彼は獣姦罪でエクススルとなった身だ。

 それに加え、未解決の強姦事件の容疑者でもある。

「罪状が増えれば当然処刑法も重いものになる」

「はっ、そんな事言っちゃったら仮にボクが罪を重ねていたとしても白状しないに決まっている。そもそもエクススルを拷問して自白を引き出そうなんて愚かだと思わないんですか? 進んで刑を重くしたいエクススルなんていませんよ」

「馬鹿め、だからこその拷問だ。これから無駄口も叩けないようにしてやる」

 エクススル2はまだ余裕ぶっている。頭上に伸ばされた両手と足元がそれぞれ台に取り付けたローラーに固定されているというのに。

 これから行うのは”エクセター公の娘”という拷問だ。

 レバーを回すと二つのローラーは外側に回転するようになっており、拷問を受ける者の体は頭上の手と足元に引き伸ばされる形になる。

 体を上と下に引く、いわゆる引っ張り刑というやつだ。

 口元に嘲笑すら浮かべている少年を哀れと思う事もなく、レバーをゆっくりと回転させる。

 エクススル2の体が強張る。

「いてっ、いててててててっ!」

「まだ殆ど動いてないぞ?」

 更にレバーを回転させるとそれに応じてローラーも動き出す。

 エクススル2の顔が苦痛に歪み、顎が天を向いた。

「う、あああああぁぁぁっ、痛っ、痛いって! もう、いいだろっ?!」

「聴こえないな」

 レバーを少しだけ戻してからまた元の方向に回す。

「い……っ!! いってぇっ!! うぐ……っ」

「楽になりたければ自白しろ」

 体を引き伸ばされる痛みに身を捩りたいであろう少年の体が動く事はない。

 引き伸ばされた体はそれ以上どこも動けず、全身の中で表情だけがどんどん歪み口が開いたり閉じたりするだけだ。

「じ、はく……っ? ふんっ、動物は、いいよ……っ、文句なんか、言わずに……実に、従順だ……っ……このボクが、人間の、女なんかに、欲情なんてするわけぐがぁ……っ!」

「人は欲情以外の感情でも他人を虐げる。お前は女を恨んでいるそうだな? 過去に酷い振られ方でもしたか?」

 レバーを少し戻して、話せるように引っ張りを和らげる。

「うっ、うるさいっ!! あいつらが悪いんだ……っ、ボクにっ……ボクに、悪戯ばかりするからぁ……っ、やり返してもっ、いいじゃないかっ……女なんて、低能な、クズだっ……いぎいいぃぃぃ……っ!!」

 エクススル2はやや中性的な顔立ちをしている。

 おそらく心ない女共の標的になって性的な悪さでもされたのだろう。

 だが、復讐はトレスウィリの仕事だ。

 それを自分でする事は赦されてはいない。

 どんな理由があろうと彼は一人の罪人なのだ。

「……関節に気を付けろよ」

「え……っ?」

 わけがわからないという視線を受けながらレバーを強めに回す。

「ぅああぁぁぁあぁああああぁああっ!!」

 ぼり、ごき、と肉の中で骨が動く音がした。

 引っ張りに堪えられなくなった少年の、肩や足首の関節が外れる音を聴きながらエクススル2が殆ど自白していた事に気付いた。

「…………しまった」

 やり過ぎてしまっただろうか。

 拷問者は加減を間違えてはならない。

 拷問を受ける者が自白する頃あいを、肉体の限界を、無罪であるという確証を、常に見極めなくてはならない。

 今日の俺は少し冷静さを欠いていたようだ。

 握りっぱなしのレバーを元の位置にゆっくりと戻す。

「お前がやったんだな? 頷くだけでいい。すぐに関節を嵌め直す」

 口の端から唾液を垂らした少年は、一度だけかくんと首を縦に振った。

 その後、二十五件にも及ぶ獣姦と一件の強姦の犯行を自白した。

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