第13話 観察

 仕事の時間だ。

 部屋に迎えに来たエブレと共に職場である監獄に向かう。

 執務室に到着し、まずは夕一の仕事だ。エブレに注意しよう。

「エブレ、きちんとしろ」

「はえ? してるけど?」

「制服! だらしないぞ。前はきちんと閉めろ。首元までだ。それに帽子もいつも適当に頭に乗せているだろう。飾りじゃないんだぞ」

 呆けた顔をしていたエブレがにっこりと笑う。

「あ、そうだ! ディス、プレゼント」

 人の話を全く聞く姿勢ではないエブレが書類の山を抱えてにこにこと近づいて来る。

「……それは俺ではなく、お前への上からのプレゼントなんじゃないのか」

「まぁまぁ、堅い事言うなよ」

「参ったな。とても柔らかく言ったつもりだったんだが……」

「え? そうなのか? じゃあお前的に硬く言うとどうなんの?」

「自分の仕事は自分でとっとと済ませろ」

「…………ごめんなさい」

 反省したのか、俺に渡そうとしていた書類を持ったエブレはそのまま机について黙々と作業をはじめた。

 やれやれ。はじめからそうすればいいのに、どうして一々面倒なやりとりをするかな、こいつは。

 ため息を吐きたくなったタイミングで、牢の方からお呼びがかかる。

「ディス~!」

 無視するべきだ。

 今は書類仕事をしたい。

「ねぇ、ディスってば~!」

 エクススルがトレスウィリを呼びつけるような用事など存在しない。しないわけではないが、声の感じから察するに具合が悪いというわけではなさそうだ。

 無視していい。

「ディス、ディス、ディス~! 来てくれるまで呼ぶのやめないから!」

 一緒に書類を片づけていたエブレが指を器用に動かしてペンを回す。

「行ってやれよ。急ぎの書類とかないんだしさー」

「必要性を感じないな。緊急の用事があるとは思えない」

「別にいいだろ。用なんかなくても。かわいそうじゃん」

「可哀想というのは仕事を放棄する理由にはならないぞ」

「仕事放棄するわけじゃねぇだろー? エクススルの管理だって立派な仕事なんだからさぁ」

 うるさい。

 牢からは俺を呼ぶ声。室内からは俺を非難する声。

 向こうを黙らせればこっちも黙るだろう。

 ペンを机に置いて牢の方へ足を向ける。

 12の牢の前に行くと、機嫌の良さそうなエクススル12が柵を両手で掴んで待っていた。

「……なんの用だ」

「そんな怖い顔して、何かあった?」

 心配などしていないような笑顔で、エクススル12は様子を訊ねてくる。

 誰のおかげでこんな顔になったと思っているんだ。

「俺は元々こんな顔だ」

「違うわよー。いつものディスはもっと優しい感じの顔だもの」

 てっきり笑って同意されるものとばかり思っていたのに、自信たっぷりに否定されて不安になる。

 俺はそんなに腑抜けた面で仕事をしていたのだろうか。

「……そうなのか?」

「ええ。私、ディスのそういう所に興味をそそられたの」

「なにを勘違いしているのか知らないが、俺は優しくなんてないからな」

 そんな事は他のエクススルへの対応を見ていればわかるだろうに。

 俺はエクススルに対して優しく接した事などない。

 自分で厳しくいようと努めているから。

「私にはわかる。ディスはきっと誰よりも優しい人間だわ」

 それ程話した事もない人間に対して、彼女は何故こうも確信が持てるのだろう。

 エクススル12の言葉にはどんな否定にも揺るがないものがある。

「……勝手にそう思っていればいい。実際は違うからな」

「うん、じゃあ勝手に思うことにする。ところで今暇?」

「仕事中だ。暇じゃない」

「仕事って言ってもぼーっと突っ立ってるか歩きまわるかしかする事ないクセに」

 そんな風に見えているなんて心外だ。

「それが仕事なんだ。暇だから立って歩きまわっているわけじゃないんだぞ。それにお前たちに見えていないところでの仕事だってある」

「ディスってやっぱり真面目ね。いいわよー、うろうろしているディスを観察して楽しむから」

「うろうろって……」

「間違えた。真面目に職務に励んでいるディスを、よ」

 エクススル12はなんだってこんなに俺に絡んでくるのだろう。

 これまでの他の女と違って、婚姻を結べと毎度迫ってくるわけでもない。

 対応が困難な相手だ。

「……勝手にしろ」

「うん。勝手にする」

 何が楽しいのか、嬉しそうににっこり笑んだエクススル12の視線に堪えながらその場を去る。

 そんなにじろじろ見られていると気になって気が散るんだけどな……。

 執務室に戻ると、真面目に書類とにらめっこしていたエブレが顔を上げる。

「え? 早くない?」

「やはり大した用じゃなかったからな」

「ええ~? 色々することあんだろー」

「すること?」

「12ってほら、えっちじゃん? おっぱいデカいし、囚人服からちょー見えるじゃん。あれってやっぱわざと見せてんだよな」

「知らん」

「トレスウィリってエクススルに何してもいいんだろ? エクススルに人権なんざないんだからさぁ」

 エクススルに挨拶するだの仲良くしたいだの散々言っていたのと同じ口から出たとは思えない発言だ。

「人権を失ったことと何をしてもいいということはイコールじゃないんだぞ。くだらないことを考える暇があったら刑場の掃除でもして来い」

「ええ~? ディス怖~い。冗談じゃんかぁ! ごめんって、本気にしないで~」

「残念だったな。俺に冗談は通じないんだ」

「うえ~、お前、マジで堅すぎ! 性欲死んでんの……? これはもう事件よ!」

「うるさいな。掃除はいいから見回りに行って来い。俺が掃除に行く」

 刑場はいつでも何度でも掃除していい。

 だから俺は刑場の掃除に行く。

 逃げたわけじゃない。

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