第12話 処刑

「ディスー、そろそろ行くぞー」

 部屋の外から、エブレの声が聴こえた。

 時計の針は、五時四十五分を指している。

 エブレと一緒に仕事をするようになって、一週間が経った。

 エブレはこうして毎日、部屋まで迎えに来てくれる。部屋が隣同士だから、ついでに声を掛けて行くのだろう。

 エブレは、初めの印象そのままの軽快な奴だ。一緒にいて、思わず気が緩んでしまう。

 それでいて時間には遅れない正確さを持っている事も、この一週間で判明した。

 憂鬱そうに隣りにいられるよりも、明るくいてくれる方が、こちらも気が滅入らなくていいと言えばいい。いいと思ってしまう自分には、どうしても釈然としないが。

 大雑把ではあるが、勤務態度は投げやりではなく、同僚としての彼に文句はない。

 つまり、俺は、エブレという人間が嫌いではないのだ。



「ディス、お前に仕事だ」

 先に執務用机についていたエブレが差し出した書類には、用件のみが簡潔に書かれていた。


『エクススル 9 の 処刑執行 について

 時間 午後八時 処刑場 にて 執行

 処刑方法 剣 による 斬首

 公開 有り

 執行人 ディス』


「頑張れよ」

「ああ」

 もう何度目になるのか数え切れない、処刑の執行だ。

 ここはそういう所だ。毎日のように誰かが死ぬ場所なのだ。

 俺に救いを求めていた、エクススル5とエクススル17も、数日後には処刑される。

 きっと泣きながら、最期まで赦しを乞いながら、死んでいくのだ。

 官帽を一度持ち上げて、頭にしっかりと蓋を被せるように、深く下ろす。

 処刑時間の一時間前になる。書類を手にして、エクススル9の牢の前へ向かう。


 9の牢の前で立ち止まり、柵の鍵を開ける。

「エクススル9、出ろ」

「やっぱりな。こういう予感がしていたんだよ」

「予感?」

「ああ。言ったろ、お前とは縁があるって」

「……あ」

 数日前に交わした会話の中で、確かにエクススル9はそう言っていた。

「もうちょっとましな縁だったらよかったのにな」

 トレスウィリである俺と縁がある時点で、ましも何もないような気はする。

「……自業自得だ」

「ああ。わかってるさ。ここにいた二十五日間、たっぷり反省させてもらった」

「そうか」

 掛ける言葉など何もなく、黙っている俺の隣りで、エクススル9が上ずった声を出す。

「……なぁ、神様は俺を赦してくれるのか?」

「心から赦しを乞う者を、神は無下に突き放しはしない」

「そうか。……俺、どうやって罪を浄化する事になるんだ?」

 少しだけ震えたエクススル9の声に、うまく気付かない事が出来なかった。

 処刑要項が書かれた書類を、無言でエクススル9の前に突き出す。

「……斬首か。なるべく楽に殺してくれよ、ディス」

「……ああ」


 処刑場に入る。石の処刑台の中央に、斬首の為の台が置いてあるのが目に入る。

 処刑台の周りに配置された数段高い位置を、敷き詰められた大勢の観衆が取り囲んでいる。汗をかく手の平を、ぎゅっと握りこんだ。

 何度やっても慣れたくはないものだ。

 エクススル9を処刑台まで連れて行き、木で出来た台の上に膝をつかせる。

 腰に佩いた剣の位置を一度確かめて、声を発した。

「これより刑を執行する」

 場内が、しんと静まり返る。

「エクススル9を、教会窃盗殺人の罪で斬首する。エクススル9、何か言い残す事はあるか?」

 自分よりも低い位置にある、エクススル9の頭を見下ろす。

「俺は、ああするしかなかったんだよ……そうしなきゃ俺はあの時死んでた。貧しくて、どうしようもなくて……神様、どうか御赦し下さい。どうか御慈悲を」

 エクススル9がそれ以上何も言わない事を確認してから、背中を押して、木の台に上半身がうつ伏せに乗る格好を取らせた。

 頭が台からはみ出ているのを確認する。剣を鞘から抜き、自分の膝くらいの高さにある首に一度当てる。

 あとは、それを振り上げて下ろすだけだ。

「苦しみ短く、甘い死を。まさに神の御許に」

 感触だけが残った。

 いつものように生々しく、狂いそうな重さと暗さを染み付かせて、一つの感触だけが手に残った。

 人を殺した感触が。

 落ちた首が床に転がり、俺を見る。

 集った観衆は、石の上に転がった首を見て、野次を飛ばし、歓声を上げる。

 彼らには、罪など見えていない。見えているのは、この見せ物のような処刑の不浄さだけだ。

 神聖である筈の儀式は、いつからか、単なる民衆の娯楽へと堕ちた。

 目の前全てが真っ赤になる前に、そっと目を閉じる。

 手に重く残ったままの、処刑の堅い感覚。それを自分の中に、また一つ、刻み付ける。

 目を開け、足元に転がっている頭に視線を落とす。血だまりに浸かる髪を掴んで、首を持ち上げる。

 重い。命とは、こんなにも重い。

 刑の執行を終え、罪を浄化された体に、目を伏せる。

「死を以って罪人の罪は浄化された。この者の罪を神が御赦しになられた。死を歓迎せよ。とこしえなる解放に感謝を捧げよ。神よ、この魂を憐れみたまえ。アーメン」


 これがトレスウィリだ。

 人の手で人の罪を浄化し、黒く染まった命を、祈りと共に神に帰す、神聖な役目を負う者。

 人の命を奪う事が許された、唯一の存在。

 それが、トレスウィリだ。

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