第11話 拷問

 嫌に大袈裟な音の立つ扉を開け、部屋に入る。

 中へ入った途端漂う、鉄と汗と血の匂い。

 思わず顔を顰めてしまうような腐臭が充満するこの部屋は、通称”拷問部屋”と呼ばれている。

 ここは、名前の通りに拷問を行う以外にも、相談室や談話室のような役割も果たしてきた部屋だ。

 俺は拷問以外に使用する事はなかったが、エブレが来てからここは、雑談に使用される事に慣れ出していた。与えられる死を待つエクススルにとっては、懺悔したり、ただ話相手になったりする人が必要なのだろう。そういうことに、エブレが監獄に来るまで、俺は気付けなかった。

 拷問は処刑同様、辞令が下った時のみ行う。

 収容されているエクススル以外にも、何らかの疑いのある者が運ばれ、ここで拷問を受ける事になるのだ。

 トレスウィリの本分は、処刑にある。

 だから本来拷問は、トレスウィリの仕事ではない。

 しかし時の流れと共に、トレスウィリが神聖な神の代行という名目を失って行くのと共に、人を苦しめる拷問の執行者も、トレスウィリの手に委ねられる事となった。

 だから監獄には、拷問部屋が必ず設置されている。

 手枷から伸びた鎖を引いて、一人の男を部屋へ引き入れる。

 この男は、強盗の容疑でここへ送られた。

 俺は男に、自分がやった、と白状させなければならない。

 男は既にいくつかの拷問を受けていたようだった。げっそりとやせ細った顔には、濃い疲労の色が見える。

 これまでと同じ事をしても、自白は引き出せないだろう。男と共に送られてきた書類に再度目を通し、これまでに与えた拷問を確認する。


『親指締め』

『スペインのブーツ』

『吊るし』


 それでも口を割らなかった男だ。

 さて、何をすればこの男は犯行を白状するだろう。

 方法はトレスウィリに一任されている。

「……我慢強いのか、無実なのか、どっちなんだ?」

 問うように呟くと、男の顔に驚きが表れた。

 拷問を請け負ったトレスウィりである俺が、まさか無実の可能性を話し出すなんて、思っていなかったのだろう。

「俺は無実だ」

 助かるかもしれない。

 そんな希望が知らぬ内に、男の表情に出た。

 一瞬だけ見えた笑顔には、無罪を理解して欲しい必死さが窺えなかった。そこに見えたのは、言い逃れしようという狡い笑みだ。

 俺なら騙せるとでも思ったのだろうか。

「座れ。右と左、どちらの耳を残したいか言ってみろ」

 すっかり助かる気でいた男の額から、冷や汗が流れ出る。

 言葉を失くしたように黙る男の対面に立ち、ベルトに掛っているナイフを取り出す。

 よく手入れされ磨き上げられたナイフが、きらりと表面を輝かせた。

「待っ」

 制止の声に耳を向けず、男の右耳を左手で掴んで刃を当てると同時に、耳を持った手を横に引っ張りながら、ナイフを下へと引くようにして下ろした。

 皮膚も肉も骨も、さくっと削ぎ落とすナイフの切れ味は最悪に良い。

 男の口から、悲鳴と呻きが上がる。

 滴る真っ赤な血液。

 濃い血の匂いに、吐き気を催す。

 それをぐっと堪え、無表情を装う。

 身体を傷つけられる苦痛は我慢できても、喪失の恐怖は堪えられない者が多い。

 失った体の一部は時が経っても、戻ってくる事はないからだ。

「次は右と左の目、どっちだ?」

 拷問は即決断、即決行が鍵だ。

 執行者が迷ったり戸惑ったりしていると、それが隙になる。

 言った事は躊躇いなくやる執行者だと理解してもらえれば、脅しだけで効果がある事もある。

「あ、ああ……あ……」

 男は失った右耳があったところを手で押さえて、がたがたと大きな体を震わせている。

 そんな男の頭を片手で押えて、左目の瞼にナイフの側面を当てた。

「わ、わわわかった! わかった言う! 言うからやめてくれっ!」

 男は怯えて震えた声で、罪を告白した。


 男を手当てしてから拷問部屋の中で拘束する。それから、聞き出した内容を報告書にまとめるべく、執務室へと向かう。

 その途中で、カルナさんとすれ違った。

「……随分と不快な臭いですわね、ディス」

「すみません。たった今拷問してきたばかりで」

 カルナさんが、一歩、俺から離れて壁に寄る。

「……掃除は必要なのかしら?」

「いえ、報告書を書いたら俺がやるので、カルナさんは普段通りにお願いします」

「そう。血だのなんだのは、トレスウィリの仕事ですものね。執行後のディスって私、嫌いですの。失礼させて頂きますわ」

 カルナさんは、血の匂いを極端に嫌う。

 いや、それが普通なのだろう。

 俺が、俺達トレスウィリが、その匂いに慣れてしまっただけだ。

 トレスウィリはいくら罪を浄化しようと、普通の人間に慣れ親しめる事などない。

 血の匂いが体に染みついたトレスウィリは、民衆に嫌悪される存在となったのだ。

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