第10話 販売の副業
トレスウィリは、拷問や処刑を行う事から、嫌でも人体の構造に明るくなる特性がある。
拷問では、死なないぎりぎりをいつも見極め、命に関わらない程度に苦痛を与えなければならない。だから骨や筋肉、神経まで、どこにどう存在しているのか、どのように損傷させれば安全なのかは、頭に入っている状態でなければならない。
勿論、常に実践である拷問だけで、それが培われるわけではない。
だから俺達は医学書を読み、外科の真似事までする。
それが一人前にできて、はじめてトレスウィリという職業に就く事が出来るのだ。
俺は幼い頃から、ずっと勉強をしてきた。それこそ、医者になろうと思えばなれたくらいに。
子供らしい絵本の代わりに家にあったのは、父が見ていた医学書だったのだから。
人の体の内側は繰り返し、毎日毎日何度も見てきた。
それから、死体も沢山見た。
自殺者の死体処理は、トレスウィリの仕事だ。
父の後ろについて、何度も何度も見た事がある。
死体を見るのは怖くなかった。死、というものが何なのか、わかっていなかったのかもしれない。まだ子供だったのだから。
死体とは、ただ眠っているだけのような、人だったものだ。自殺だから、酷い損傷がある事もあまりない。焼身自殺の焼死体処理の時は、父は俺を連れて行かなかった。
俺はただ、自殺が禁忌とされている事だけを知っていた。
だから死体に対して感じたのは、得た知識から、副業の道具になるという程度の思いだけだった。
もっとも、自殺者自体には何も手は加えない。ただ身の回りの物を回収して民間へ流す。
トレスウィリは、自殺者の死体を埋葬して片付ける事でも収入を得ている。
道具として加工するのは、処刑した後の死体の方だ。主に血を布などに浸して、売買する。
監獄内の掲示板には、最新の仕事の依頼情報が貼られている。
俺はいつもそれを確認して、今必要な事をやっている。
今日は、急ぎの自殺者も怪我人も出ていないようだ。
販売の仕事をする為に街へ出よう。
昼間だというのに、薄暗い路地裏へと歩を向ける。
少し進んで、定位置となった壁に背を凭れ掛けた。
ここが俺のいつもの売り場だ。
待っていれば、客は向こうからやって来る。
いくらも待たないうちに、一人の婦人がやってきて、俺の前で足を止めた。
婦人は、無言で硬貨を数枚差し出して来る。
それを同じく無言で受け取り、鞄の中から一つの包みを手渡す。
婦人は包みを持って方向転換し、そのまま視界から消える。
一度も目が合う事はない。
同じ事を数回、繰り返す。
ただ黙って立って、人が来れば一連の動作を無言で行う。それだけの繰り返しだ。
人の血は好まれる。
病気に効くとか、お守りになるとか、そういう事が信じられているからだ。
血について、少しでも科学的な事を知っている者からすれば、そんなものは迷信に過ぎないとわかる。
しかし、信仰は絶対のものだ。
十字架にはりつけられたイエスの血は、奇跡を呼ぶ。処刑を通し罪を浄化された者の血も、同じように尊いものなのだ。
だから人々は、トレスウィリの手から血を求める。肉を求める。
彼らが排他的に扱うトレスウィリから、奇跡を掴もうともしている。忌むべきものでありながら、縋らなくてはならない。
これが、人の社会から外されたトレスウィリの位置だ。
口を閉じて、溜息を押し込める。
薄暗い空を見て、そこから歩き出した。
トレスウィリは確かに人々に、社会に、必要とされている。
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