第9話 エクススル12

「ディス? 気になる奴でもいたのか?」

「……ああ」

 エブレがにやにやと、俺の顔を覗いてくる。

「もしかして女の子が気になる、とか?」

「いや、気になるのはお前だよ、エブレ」

「へ? 俺?」

「ああ。お前、元エクススルだよな」

「ああ」

 その、あっけらかんとした返事を聞いて、思う。

 こいつも、まともな人間ではないのだと。

「……俺はやっぱり、エクススルに対して偏見を持っているんだと思う。お前に言われるまで気付かなかった。重罪を犯しながら笑って生活していける奴は、まともな精神を持っていないんじゃないかって、思う」

 お前も、一体何を考えて、ここに立っていられるんだ。

 これから組んで仕事をする同僚に対して、迷いながらもきっぱりとした視線を向けた。

 俺からの硬い視線を受けたエブレは、困った様子を隠そうともせずに、頭に手をやった。

「……そりゃあ、まぁ……全く否定は出来ねぇけど……。お前も、エクススルに偏見がある事に今更気づくなんてさ、自分の事なだけに意外な発見だろ」

「……ああ」

 おどけて笑いかけるエブレに、きつい視線を当てたまま低く答える。

 黙るかと思えた目の前のそいつは、何事もなかったかのように笑みを深くした。

「なぁなぁ、一人すっげー綺麗なコいただろ。まあ、トレスウィリを無視するような奴なわけだけど」

「…………」

 わざわざ作った壁が見えていないのか、エブレの態度は初めに会った時と全く変わらない。

 毒気の抜かれる無邪気な笑顔で笑いかけられれば、苦労して作った緊張も、つい緩んでしまう。

 俺が許せないのは、罪人だ。

 エブレという人間を拒絶したいわけではない。

 ならば、こいつの性格にも慣れていかなければならないのかもしれない。

 呆れ半分、我慢半分、エブレの言葉に答えようと、先程通った牢の様子を思い出す。

 一人には無視されたとこいつは言っていたが。

 俺が声をかけられたのは、四人だ。

 男が一人と、女が三人。

「勿体無いよなー、あんなに美人なのにさ、重罪犯して。あのコ、何やったんだ?」

 閉じたまま手に持っていたファイルを、エブレの胸に突きつける。

 無言で差出したファイルを、無言で受け取られる。

 エブレは、ペラペラと数ページ捲って、目だけを動かしている。

「……12、だったよな」

「そうなのか?」

 綺麗なコが、エクススル12を指すのだと言われて、彼女の姿をしっかりと記憶していない事に気付く。

 鮮明に覚えているのは、深く澄んだ真っ赤な瞳の色だけだ。

 あの目の色は、確かに綺麗だと言える。あの色に一瞬見惚れてしまったのは、俺自身だ。

 手を止めて少しの間ファイルを凝視していたエブレが、硬い声を発する。

「……げ。嘘だろ。あのコが、こんなに殺ったのか?」

「俺が知るか。本人に訊けばいいだろ」

 自分の仕事を片付けようとした俺の腕に、エブレが腕を絡めてくる。

「よし、一緒に行こう」

 エブレの腕を乱暴に振り払って、エクススルのファイルを取り上げる。

「必要ないな。死ぬ人間に一々構っていたら持たないぞ」

「えー? だって、気になるだろー?」

「ならない。大体な、お前、エクススルと仲良くするのは変か、って、さっき俺に訊いたけど、変というか、自分が苦しむ事になるだけだぞ」

「なんで?」

「なんで、って……お前、仲良くなった人間を殺せるのか?」

 ただの雑談の延長みたいな温度で、エブレが返す。

「殺せるぜ」

 迷う事のないその返答が、彼が本当にエクススルだったのだと証明していた。

 人を殺した事のない者が、こんなになんでもない事かのように、はっきりと『殺せる』などと言うだろうか。

 俺には理解できない。

 親しい者を、友人を、そんなにあっさり殺せるものなのだろうか。

 だとしたら、それはやっぱり真っ当な人間ではない。

 罪に穢れた人間だ。

「というわけで。行こーぜっ」

「どこに……?」

「12んとこだよ」

「なんでそうなるんだ……」

 なにがそんなに楽しいのか、にこにこしているエブレに、強引に腕を引かれる。再び薄暗い牢の前に出て、歩を進めながら考える。

 基本的にあのファイルは、エクススルの処刑の時にしか開かない。

 だから俺は、今ここにいるエクススルの罪状を、完全に把握しているわけもない。

 ファイルで実際にどんな罪を犯したのか知ってから顔を見ると、先程よりも嫌悪を感じる。

 他の奴もそうだ。俺が忘れただけで、まだ知らないだけで、ここにいる奴は誰も、死ぬのに十分な事をした人間ばかりなのだ。


「あら、来てくれたの、ディス」

 笑顔を引きつらせたエブレが、牢の柵に頭突きする。

「おまっ……、俺の事は無視したクセに、ディスとは話したのかよ?」

 気だるそうな顔のエクススル12は、エブレの方を見ようともしない。

「そうよ。だって貴方、私の好みじゃないんだもの。貴方みたいに軽そうな男に興味なんてないわ。さっきだって、あっちのコと楽しくやっていたみたいだし」

「うぐ……」

 なにやらショックを受けているエブレを小突く。

「訊きたい事があるんだろう?」

「あ、ああ。12、君はどうしてここに来る事になったの?」

 エクススル12は、目だけを動かしてエブレを見る。

「何を確認したいのか、わからないわ。私が何をしたのかなんて、簡単に調べられるでしょうに」

「や、ファイル見たんだけど信じられなくて」

「そう? 多分、本当の事しか書いていないと思うわ。私は沢山人を殺して、死刑になるの。それが何? どうかした?」

 それまで黙って成り行きを見ていたが、その態度に、つい口を挟まずにはいられなくなる。

「君には、罪の意識がないのか? あんなに人の命を奪っておいて」

 深い赤の瞳が、笑う。

「知らないわ、そんな事。私は楽しければいいのよ。最高だったわ。あの人達、きっと今までした事ないだろうなって顔をして、声を上げて、沢山血を流して、動かなくなるの。ふふふ、本当に、楽しかった」

 エクススル12の笑い声に、拳をぎゅっと握り締めて、怒りを堪える。

 何も返さない俺とエブレに、エクススル12が言葉を続ける。

「訊きたい事ってそれだけ? 言っておくけど、殺した理由は楽しいからよ。それ以外に誰かを傷付ける理由なんて、私にはないわ」

「君の娯楽の為に、人は生きているわけじゃない。命を軽んじるな。……俺は、君を許さない」

 真っ赤な瞳を、正面から睨みつける。

「あら。ディスって怒る事もあるのね。いい顔するじゃない。うん、やっぱり私、貴方の事気に入ったわ」

 楽しそうに笑う顔に、頭に血が上る。

 エクススルのくせに、どうしてこんな風に笑えるんだ。

「やめろ」

 反射的に一歩前へ出た足は、何かに肩を掴まれる事で、それ以上進む事はなかった。

 頭の上から、冷静な声が振ってくる。

「ディス、落ち着け」

「……悪い、取り乱した」

 短いため息をついて、12の牢から少し離れる。

 肩を竦めたエブレが、俺と入れ替わるように、牢に近づく。

「12、こいつの事そんなに怒らせて……結婚なんてしてくれないぜ?」

「そうかしら。どうなるかなんて、誰にもわからないから面白いのよ」

「生き続けたいわけじゃないのかよ?」

「さあね。生き続けてまた誰かを殺すのも、素敵かもしれない」

「またそんな事を……」

 エクススル12を気にかけるエブレを置いて、12の牢に背を向ける。

「エブレ、もういい。こいつと話す事はもうない」

「あっ、ちょっと待てよっ」

 エブレが慌てて、俺のあとを追ってくる。

「あははは。そんな冷たい事言わないで、ディス」

 笑うエクススル12の声を背中に受けながら、来た道を戻る。

「それと、私、番号で呼ばれるの好きじゃないの。私には、ビア、っていう名前があるんだから」

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