第5話 仕事内容
二十の牢が面している廊下を監視しながら、執務用の机の上に置かれていた冊子を手に取る。
俺から離れて立っていたエブレが寄ってきた。
「あ、それ仕事の説明だろ。どれどれ」
エブレが冊子を横取りした。そのまま読み上げそうな雰囲気なので放っておく。慣れ親しんだ仕事だが、俺も再度確認をしておいてもいいかもしれない。
「ええっと、トレスウィリ夜勤マニュアル。主な仕事内容は、エクススルの監視・拷問・処刑か。まあ、聞いてた通りだな」
「拷問・処刑は上からの辞令がある時のみ実行できる。勝手にやるなよ」
「おう」
エブレが、マニュアルを声に出して読んでいく。
トレスウィリは執行人であって、殺戮者ではない。処刑の時以外でエクススルを殺害してはならないこと。処刑は神聖な儀式であるため、エクススルには必ず処刑を行う義務があること。よって、監視を怠らず、エクススルの自殺も防ぐよう務めること。ただし、エクススルが監獄からの逃亡を図ろうとした場合・トレスウィリに危害を加える行為をした場合は、その場で処断することが許されていること。
他には、エクススルを管理するにあたって、起床時間や就寝時間など生活の規則が細々と書かれている。
どれも、俺の頭の中には叩き込まれていて、特に真新しいこともない。
「はぁ……結構細かいな。お前、これ全部覚えてんの?」
「当然だ」
「マジか。あ、俺達の勤務時間は夜勤だから、自由時間は……午前六時から午後六時までだよな」
「そうだ。その間に休養したり、副業をしたりする」
「副業って、どんな種類があるんだ?」
「トレスウィリ専用の副業も、そこに書いてある」
「ほんとだ。外科医・販売・死体処理か。なるほど。トレスウィリってのは拷問もするから、人体の構造には明るいもんな。まったく、外科医が出来るってのは皮肉な話だよなぁ」
命を奪う職業の者が、命を救う職業も兼務する。
「販売ってのは、何を売るんだ?」
「処刑した奴の体の一部なんかを加工して、民間に流す仕事だ。血や爪が特に好まれる」
「ああ……それ知ってる。お守りとして肌身離さず身につけてると、魔除けだか身代わりだかになる、ってやつだよな。あとは、死体処理……って、処刑した身体を埋葬するのって副業か?」
「処刑後の遺体処理は本業だ。副業の死体処理は、自殺者の死体と動物の死骸を埋葬する仕事のことだ」
自殺者の死体は、神に背いた穢れた者として、忌み嫌われている。それに触れるのはトレスウィリの役目だ。外科医も、真っ当な医者に診てもらえない、身分の卑しい患者だけを安い金で診る。
「副業に気を取られて、休養とれないってことは……ないよな?」
「さあ。死体処理も外科医も、頼まれれば行くしかないからな」
「うへぇ……疲れきって本業でヘマしたくねぇな。処刑失敗したり」
「精々、体調管理には気をつけることだな」
「他人事じゃねぇだろ。お前も気をつけろよ。処刑に失敗すると、観衆にボッコボコにされて下手すると死ぬって話だ。まあ、ディスならそれくらい知ってるか」
「そうだな」
実際に、処刑を失敗して観衆に石を投げつけられ、病院送りになったトレスウィリを見たことはある。俺はそうならないよう、常に気を引き締めて職務に当たっている。
「それと……信頼できるエクススルに、副業を手伝わせる事もできるんだよな」
「信頼できるエクススルなんてのがいればな。もし逃げられるようなことがあれば、罰を受けるのはトレスウィリである自分だ」
「そうだけど……外へ出れば、より個人的な会話も出来るってわけだ」
何か、よからぬことを考えていそうなエブレに、頭が痛くなる。
「エブレ、職権乱用という言葉は知ってるか?」
「勿論。この場合、乱用っていうよりただの職権使用じゃねぇの? ディスは真面目だなぁ。仕事内容も完璧だな?」
「完璧でなければ務まらないぞ」
「よし、これからわからない事があったら、遠慮なく訊くからな。そん時はよろしく」
「……ああ」
エブレの適当そうな態度に、ため息が漏れる。エブレは、この監獄が初勤務の新人だ。トレスウィリがどれほど神聖で、どれほど荘厳な仕事か、これから嫌というほど教えてやる。
世間から隔絶された職業である、トレスウィリとは何なのか。エブレという新しい風が配属されたことで、俺はそれを、今更ながら考えさせられる事になる。
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