第3話 新しい同僚
墓地は、仕事場である監獄の敷地に隣接している。
夕暮れが迫る街外れの墓地で、穴を掘る。掘り進めた茶色い土は、底に行くにつれて黒く見える。黒には底がなく、掘っても掘っても終りがない。
白かった軍手は土に染まり、穴には黒い自分の影が落ちて底に溶ける。
大きな重い袋を、深く窪んだ土の中へと置く。
その上に土を被せる。
掘った茶色を黙々と戻していく。
作業が終わると、汚れた軍手を外し、部屋に戻る。
そうして、数時間後にはまたいつもの仕事へと戻る。今のうちに少しでも眠っておかなければならない。
重い瞼を閉じる。視界は闇に覆われた。
日常は日常のまま、何も変わりはしない。
誰が亡くなっても。
誰かの死など、ここでは珍しいものではないのだから。
同じ感覚で時を刻んでいく音が、耳に届く。
薄暗い室内でまた閉じようとしている瞼を押し上げ、目を開いた。ずっと音を立て続けている方を向けば、黒い針は夕方の五時を指している。
出勤時間まではまだ一時間ある。
カーテンがかかっていて薄暗い室内を見渡した。
横になっているベッドから、足を下ろす。足元には、いつものくすんだ赤い
神の代行であるこの仕事をしていくためには、肉体に休息を与える役割のみのこの部屋で十分だった。
死の監獄で罪人に死を与える仕事。罪を浄化する、神のごとき所業が許された存在。
それは、”トレスウィリ”と呼ばれる。
監獄と同じ敷地内にある寮の部屋を出たところで、同年代くらいの青年と目が合った。
青年もトレスウィリの制服を着ている。適当に羽織ったレベルに崩れてはいたが。
彼は、亡くなった同僚の代わりに配属されたのだろう。あいつは暗いが、いい奴だった。人一倍仕事が辛かったからだろうか、いつも俺の事も気遣ってくれていた。
物思いに耽って停止した一瞬をつくかのように、青年が口を開いた。
「よ。お前、もしかしてこれから仕事か?」
随分と明るく砕けた声だ。予想外の明るさに少しだけ面食らう。
「……ああ」
「はじめまして。俺、今日からここで働く事になったエブレってんだ。仲良くやろうぜ」
エブレと名乗った青年は人懐っこい笑みで、俺に向かって手袋をしたままの手を差し出した。
明るい挨拶と爽やかな笑顔。それに戸惑いながら、差し出された手を握る。
「はじめまして、ディスだ。よろしく」
「おう」
握り合った手を覆う二つの手袋の間で、ぎゅっと音が鳴った。
エブレと一緒に監獄の中に足を踏み入れる。窓のないここは、照明器具の光がおぼろげに視界を照らす薄暗い空間だ。
石造りの壁が、空気を濃密なものにして重圧を与えてくる。
歩く度に靴底が石を叩くコツコツという音が、回廊に響き渡る。
「いやぁ、ここには二度と来たくないって思ってたのに、来てみるとちょっと懐かしい感じだな」
少し前に自ら命を絶った同僚の事を、また思い出す。確かに、トレスウィリは気分のいい職業ではない。どこの監獄でも同じだろう。執行人は執行人だ。
「……お前も、この仕事をするのは嫌いか?」
「え? いや、俺、トレスウィリはここが初めてなんだよ」
そう言われ、恩赦の事を思い出す。
死を宣告された死刑囚――エクススル――は、見所のある者が採り立てられ、トレスウィリになるケースがある。トレスウィリは女には務まらないから、男限定ではあるが。
「お前……元エクススルか」
意識せずとも、自分の口から冷ややかな声が出た。
「ああ」
エブレは、エクススルであった事を恥じていないかのように笑っている。得体の知れない笑顔のまま、長身のエブレが俺の顔を覗き込んでくる。
「ディス……お前、真面目そうな顔してんなぁ」
「俺は、父の跡を継いでトレスウィリになったんだ」
「まあ、仕方ないよな。親父さんがそうだったんじゃ。同情してやるよ」
俺はエクススルであったことなど一度もない。そうしてエブレと距離を取ろうとしたのに、何故同情などされるのだろうか。
「仕方ない? 志願したのは俺だ」
「え。自分から? マジで?」
エブレが目を丸くしている。俺は、そんな顔をされるようなことは一切言っていない。
「なにか不思議か? 普通のことだ」
隣りを歩いていたエブレが、俺の進路に立ちふさがる。
「全然! 普通じゃねぇよ! どうかしてるだろ。強制されなかったんだとしたら、俺なら一人で他の町に行って商人でもやるね。なんでわざわざトレスウィリなんだよ。志願したってことは、お前には他の選択肢もあったんだろ?」
こいつは元エクススルだ。重罪を犯して死刑を宣告されたことがあるような奴に、どうかしてる、なんて言われたくはない。
「わざわざって……立派な仕事だ。俺はずっと誇りを持ってやっている」
「おいおいおい……。こんな、いわば
その通りだ。今更言われて驚くような事ではない。
トレスウィリは、人の死に触れる側面から、人々に触れてはならないものと認識されている。その家族も同様の扱いを受ける。トレスウィリの家庭で育った俺が、その事を知らないわけはない。
俺は満足に外に出してもらえた事もなく、閉鎖されたような家族の中でしか生活して来なかった。しかし、それを疎ましく感じた事はない。
それ程に人々から畏怖され、それでも必要とされているトレスウィリという職業に、大きな憧れを抱いた。
トレスウィリは、罪人を救うという神聖な行為が唯一許された人間のことだ。だからトレスウィリである父を、誇りに思った。
「ああ。わかっている。それでも、トレスウィリは神聖な職業だ」
「……お前さ、重症だな。トレスウィリなんてロクなもんじゃねぇって。俺はそう思うぜ。まぁ、こっち側がどうかなんて、まだよく知らないわけだけど。……かなり金にはなるんだろ?」
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