第6話 記者会見



 すでに登校しているクラスメイト達の話し声がする教室に入り、自分の席を目指す。


 私がこのクラスで「おはよう」と挨拶する事はない。


 誰も私に話しかけてこないし、挨拶しても誰も返してくれないからしても虚しくなるだけ。クラスメイトから空気みたいな存在として扱われていると思う。


 必要最低限の会話しかないけど、嫌がらせを受けて実害がでるよりはいいので特に気にしていない。虐められているって感じではないしね。


 なんでこんな事になってるのかは分からないけど、まぁ高校に入学して三年間、ずっとこんな感じだったから馴れてしまった。


 席に着いて鞄を机の横にかける。


 そして窓から外を眺め「早く帰りたい」と小さく呟いた。



◇◇◇



 午前の授業が終わり、お昼休みになる。


 今日も午前中の授業は有意義に過ごせた。


 特に誰かに話し掛けられる事もないので授業中はかなり集中できる。

 お陰で私の成績は常に上位に名を連ねている。


 でも春ちゃんと同姓同名なので、私の成績は春ちゃんの成績だと皆に思われている。


 春ちゃんも否定する事なく「勉強頑張ってるからね」と周りに言っているので成績がいいのは私とは思われていない。


 それは別にいいんだけど、春ちゃんは勉強しなくていいのかと思ってしまう。


 「大学にいけないよ」と春ちゃんに言っても「私には春がいるから大丈夫」と何が大丈夫なのかよく分からない事を言ってくる。


 まさか替え玉入学?と思わない事もないけど、春ちゃんはそんな事は考えてないと思う。


 お母さんが病気で苦しんで亡くなってしまった時に、何も出来なかった私が決意した夢、───お医者さんになりたい。


 春ちゃんはその夢を話したから知っているし、『親友』だからきっと替え玉入学の話しなんてしないはずだ。しないよね?


 それよりもご飯だ。


 いつもはお父さんの分と一緒に自分の分のお弁当を作って持ってくるんだけど、昨日はお父さんも仕事で帰って来なかったので、今日はお弁当は作らず学校の売店で買ったタマゴサンドを頬張る。


 「うん、美味しい」


 お弁当を準備してない時は、いつもこのタマゴサンドだ。


 美味しいし安いで、二度おいしいから私はタマゴサンドを選ぶ。

 お父さんからもらう決められたお小遣いは少ないので、無駄使いはできない。

 Haruとして私が代わりにした仕事の分は、春ちゃん宛に振り込まれるので私は常に金欠状態。

 だけど、仕事で使った分のお金は、春ちゃんが後で出してくれるから仕事に支障がでる事はない。だけど少しぐらい分けてくれたら楽なのにと思ってしまう今日この頃。


 誰もいない屋上でタマゴサンドを頬張り、コーヒー牛乳で流し込む。


 食べ終えた私は「ごちそうさまでした」と口にして屋上から見える中庭でお昼ご飯を食べてたり、楽しそうに話したりしている生徒達を一人寂しく眺めた。



◇◇◇



 午後の授業が終った。


 誰かに話し掛けられる事もなければ、ワクワクするような事も何一つない、いつもと変わらない学校での授業が全て終わり、机の上に置かれた教科書と筆記具を片付ける。


 用がある時は、直ぐに春ちゃんがやってくるんだけど……


 「春~」


 噂をすればなんとやら、隣のクラスの春ちゃんが教室にやってきて私の目の前にやってきた。


 昨日の事ですごく疲れてるから今日は春ちゃんのお願い事なんて聞きたくないなぁと思いながら「なに?」と返事をする。


 「あのね、今日は柴田さんからの電話は出ないでほしいんだ」


 ん?どうゆう事?


 苦笑いをする春ちゃんに首を傾げる。


 柴田さんからの電話は仕事の事なので、電話に出ないと言う選択肢はないはずだ。なのに電話に出ないでとはどうゆう事なのだろう。


  「どうして?柴田さんからの電話だよ?」

 「深くは聞かないでほしいんだけど……」


 深くは聞かないでって……


 また春ちゃんがらみで何かが起こりそうな予感の中、私は「分かった」と返事をした。




◇◇◇


 

 学校からの帰り道、春ちゃんに言われた事を思い返す。


 柴田さんからの電話に出ないでくれとはどうゆう事だろう。


 本当に意味が分からない。


 私はHaruに対しても仕事に対しても一生懸命な柴田さんの事が好きだし、迷惑をかけたくない。


 でも春ちゃんが私と同じ気持ちとは限らない。


 少しは柴田さんの苦労も考えて春ちゃんにも行動してほしいと思うけど、なかなかそうはならない。良く言えばマイペース、悪く言えば自分勝手の春ちゃんクオリティだから仕方ないかな。


 『今日は家に帰る』とお父さんからメッセージアプリamaに連絡があったので、学校帰りにそのまま自宅近くのスーパーに向かう。


 なんだかちょっと疲れてるので余り気乗りはしないけど、お父さんが帰ってくるので頑張って夕食は作る。こんなやる気のない日は簡単な物にしたい。なので本日の夕食のメニューはカレーライスにする事にした。


 玉ねぎ、ジャガイモ、人参、牛肉を買い物カゴに入れていき、カレールーを二種類選んで追加でカゴに入れる。


 二種類のカレールーを入れるとコクが出て美味しくなると料理サイトで発見して以来、私は二種類のカレールーを入れるようにしている。

 実際、お父さんも美味しいって言ってくれるので料理サイトで書いてあった事は間違いではないと思う。


 買い物を終えて、自宅に帰ってきた私はテレビをつけてカレー作りに取りかかる。


 みじん切りにした玉ねぎを炒めて、飴色になったら人参を加え少し炒める。

 そして人参に火が通ったところで牛肉を加え、また少し炒める。

 水を入れ煮込み、ジャガイモを加えまた煮込む。


 一時間ほど煮込んだら火を止めカレールーを入れ混ぜる。

 最後に、隠し味でチョコレートを入れて完成。


 スプーンで少しカレーをすくって味見。


 「うん、美味しい」


 満足の出来に満面の笑みを浮かべた。


 蓋をして少し置いたカレーをお父さんが帰ってくる時間に合わせてよそって、サラダと一緒にテーブルの上に並べてテレビに視線を移す。


 『本日、タレントのHaruさんの緊急記者会見が開かれる会場の○○ホテルから中継が入ってます』


 画面から聞こえる女性アナウンサーの『緊急記者会見』の言葉に反応してしまう。


 『たった今、Haruさんが会場に入られました』


 沢山のフラッシュに当てられた春ちゃんが会場入りし、席に着くと口を開いた。


 『皆様、本日は私の為に、お忙しい中集まって頂きまことにありがとうございます』


 挨拶から入った春ちゃんがお辞儀をする。


 『本日付けで今の事務所から退社して、ファインプロダクションに移籍いする事をここに報告さていただきます』


 「はい?移籍?」


 思わずそんな言葉が口に出る。


 『そして、篠崎夕さんとの婚約を…発表いたします』


 「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 私は春ちゃんの言葉に自分でも驚くほどの大声で叫んだ。


 移籍って何?と言うか昨日の今日で篠崎さんと婚約って何!?


 春ちゃん高校生だよ?

 一応十八才だからいいのかな?結婚じゃなくて婚約だしね……っていやいやそうじゃない、婚約とかいきなりの急展開に全然意味が分からないし、認めたくない。私が認めたくないとか何様?って思うかもしれないが、春ちゃんの代わりにHaruとして行動する私にしたら他人事ではなく死活問題だ。

 考えてみてほしい、トラウマを植え付けられた篠崎さんと付き合うを通り越して婚約となると簡単に避ける事が出来なくなってしまう。

 それどころか婚約者だからとあの気持ち悪さを感じてしまうあの目で見つめられながらベタベタされたらと思うと鳥肌に加え、身震いまでしてくる。


 「笑えない…これどうしたらいいのよ……」


 私が混乱する中、春ちゃんの話は続いた。


 『婚約と言っても私は高校生ですので、卒業までは清い交際をしていきたいと思っております。ここにいる皆様、そして私を支えてくれる沢山のファンの皆様には祝福して頂けると幸いです』


 ざわざわとする会場に手を上げた記者が指名され立ち上がる。


 『まずは、おめでとうございます』

 『ありがとうございます』


 春ちゃんは綺麗なお辞儀をする。


 『高校生での電撃婚約会見なのですが、これはHaruさんが仰っていたように本当に清い交際ですか?』


 遠回しな疑いを向けた記者からの鋭い質問に春ちゃんは、


 『はい、清い交際です。急な発表ですが、篠崎夕さんとの肉体関係は全くありません。私が高校生ですので、篠崎夕さんは卒業するまでは絶対に私に手は出さないと仰っていました。ちなみに手は繋いだりはしますが、キスもまだしてませんし、私の気が変わったら婚約は破棄でもいいと仰っていました』

 『お熱いですね』


 記者の皮肉めいた言い方に会場にクスリと少しの笑いが起こる。


 『まぁそんな事は無いと思いますけどね』と春ちゃんが締めくくると、会場にいる記者から次々と手が上がり、質問が飛び交う。


 春ちゃんは全ての質問に丁寧に答え終えると、お辞儀をして会場を後にした。


 『いゃ~本当にビックリですね』

 『人気絶頂の中での婚約発表、しかも現役の高校生、二重に驚きました』


 リビングには画面に映るアナウンサー達の話し声と方針状態の私、そしてスマホの着信音が鳴り響いていた。

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